王と妃 115話 ナム・イの乱
あらすじ
夜にナム・イ(南怡)は喪服(世祖の喪に服する期間)を着てひとり酒を飲んでいました。ナム・イは壁のない屋敷の風通しのよい部屋で風流に豪華な肴を供にしていました。そこにユ・ジャグァン(柳子光)が現れナム・イに言いました。
「将軍は英傑でいらっしゃいます。この乱世を鎮められるのは将軍だけです。」
兼司僕将(キョムサボクチャン、王の護衛や巡察を担当する官庁の長官)のナム・イは苦笑して言いました。
「ジャグァンよ。そなたは酒も飲まずに酔ったのか?」
「私は本気で申し上げております。」
ユ・ジャグァンはしわがれた声で言いました。
「そなた(チャネ)が私に謀反を持ち掛けているのか?今は乱世ではなく泰平の世だぞ。」
ナム・イの表情は明るくユ・ジャグァンを見つめました。
「将軍。空をご覧ください。殿下が即位なさってから毎晩星が落ちています。将軍が私におっしゃったことをお忘れですか。毎晩星が落ちるのは不吉な兆候だ。先王様は我々を息子同然に遇してくださったが奸臣らは乱を起こすかもしれぬ。忠義を尽くし先の大王様の御恩に報いようと。」
ナム・イはユ・ジャグァンの話を聴いて目を閉じました。
「酒のことばではないか。」
「将軍。先の大王様は亡くなられる前にハン・ミョンフェら功臣を殺すおるもりでした。そして新しい今上のために朝廷を刷新なさろうとしておられました。ですが結局実現できませんでした。」
「容易なことではなかろう。」
「将軍ならできます。」
「領相(ヨンサン、領議政)(亀城君)は謹慎中だ。私一人では功臣らに太刀打ちできぬ。」
「領相(ヨンサン、領議政)を陥れたのはハン・ミョンフェです。次の標的は誰でしょう。ハン・ミョンフェが言ったそうです。亀城君とナム・イを排除すればこの政権は砂上の楼閣だと。」
「あの古狐め。」
ナム・イは酒をあおりました。
「将軍はみすみす殺されるおつもりですか。この先今上が受けられる屈辱を思うと私は腹わたが煮えくり返ります。将軍。なぜ毎晩星が落ちるとお思いですか。先の大王様(テーヘンテーワン)の魂がこの世を彷徨っておられるからです。将軍。この国の未来は将軍の双肩にかかっているのです。」
ナム・イはまた酒をあおりました。
「ジャグァン。そなた(チャネ)の言葉を聞き自分が恥ずかしくなった。私がハン・ミョンフェらを殺さねば朝廷を一新できぬと何度も亀城君に言った。だが亀城君が優柔不断なせいで時期を逃してしまった。」
「将軍!将軍までお諦めになったら誰が殿下をお守りするのですか。白頭山の石は刀を磨いて削りつくし豆満江(トゥマングァン)の水は馬に飲み干させた。そう詠まれた気概はどこへ行ったのですか。将軍のあの気概に魅せられた私は将軍が挙兵されるのを待っていたのです。・・・わかりました。将軍は私が下賤な庶子の身だから信用なさらないのですね。そんなことも知らずに私は(ソーイヌン)・・・。」
ナム・イは庭から部屋のへりに身を乗り出して言うと、靴を履き帰りかけました。
「人がおらぬ。先の大王様の寵愛を受けた者は今は散り散りだ。」
「先の大王様は十人に満たぬ腹心で癸酉靖難を成功させました。将軍の人がいないというのは言い訳で勇気がないのでは?・・・私はこれで失礼いたします。将軍には失望いたしました。二十歳で国を平定できざれば男子にあらずの気概はどこへやら。」
ユ・ジャグァンはナム・イに背を向けました。
「五人でいいか?もう少し集まるかもな。」
「二人でも三人でも構いません。」
「力になってくれるか?」
ナム・イは庭に降りるとユ・ジャグァンの手を取りました。
「私は先の大王様にこの上なきご恩を賜りました。庶子の私を登用してくださり科挙も受けさせてくださったのです。その恩返しができるのであれば私の命などいくらでも擲ちます。」
「分かった。私(ネ)を信じてついてきてくれ。待っていろ。私が志を同じくする同士を集め必ず奸臣らを始末する。」
ユ・ジャグァンはナム・イの屋敷を出ると大きなため息をつきました。
「ジャグァンのおかげでようやく迷いが吹っ切れた。」
ナム・イは柱に手をかけ屋敷の外を見つめました。
深夜。ユ・ジャグァンは慌てたふりをして王宮の内官に取つきました。
「おい(イボシゲ)。パク内官。殿下は小屋におられるか。」
「殯宮におられます。」
「おい。ホン内官。ちょうどよいところに来た。急いで殿下に謁見し申し上げることがある。」
ユ・ジャグァンはホン内官の手を握りました。
「殿下は殯宮でお焼香なさっておいでです。しばらくお待ちを。」
「おい。寸刻を争うことなのだ。」
ユ・ジャグァンはホン内官に耳打ちをしました。ホン内官は慌てて殯宮に走りました。ホン内官はチョン内官を呼びナム・イの謀反の報告をしました。チョン内官は「まだ殿下にご報告するな。まず大妃媽媽にご報告してくる。」
チョン内官は王大妃ユン氏に謀反の報告をしました。王大妃はキム・スオンに相談すると言いましたがチョン内官は当直の左承旨のほうがよいのではと言いました。王妃は左承旨のイ・グクチュンを呼ぶと、イ・グクチュンは「元兵曹判書のナム・イが謀反をたくらんだそうです」と王大妃に言いました。
「ナム・イですって?ナム・イは先の大王様のご寵愛を受けた者なのよ?」
「左様でございます。大妃媽媽。」
「一大事よ。彼は軍権を持っていたわ。」
「媽媽。ユ・ジャグァンを呼び詳しくお尋ねください。」
「反乱軍が押し寄せているの?」
「恐れながら媽媽。ユ・ジャグァンをお呼びになり詳細をお尋ねください。」
「南無観世音菩薩。私は殯宮に行き主上(チュサン)にお会いするわ。」
王大妃は睿宗に会いナム・イの謀反を告げると気を失いました。
謀反の告発。一刻を争う事態でしたが宮殿には緊急事態に対処できる者がいませんでした。
睿宗はナム・イを便殿に呼び問い詰めました。
「先日宿直で兵曹へ行ったところ、兼司僕将のナム・イがおりました。ナム・イによると先の大王様は我々を息子同然に遇してくれた。先王様が逝去し民心は動揺している。もし奸臣らが徒党を組めば我らは犬死にする。先の大王様のご恩に報いるためにもともに戦おうではないか。」
ユ・ジャグァンは睿宗(海陽大君)に言いました。
「決行の日はいつだ。今夜ではないのだな。」
「はい殿下。」
大妃が倒れたという話は宮殿に来た粋嬪ハン氏の耳に届きました。ハン氏は内官たちをしかりつけて動揺してはならぬと言いました。
「以前から謀反を企んでいたのです。イ・シエを制定した後から・・・。」
ユ・ジャグァンは言いました。
「とても信じられぬ!あれほど先王様に寵愛されていたのにナム・イなどあり得ぬ!」
「上党君(サンダングン、ハン・ミョンフェ)にお尋ねください。ナムの作った歌があるのです。その歌がとても恐ろしく私は上党君に渡したのです。」
「上党君の言うことなど信用できぬ。」
睿宗は謀反を信じませんでした。
「まだ先王様のご遺体が宮殿にあるのに謀反なんて・・・。」
王大妃ユン氏は床に臥せって嬪宮ハン氏に言いました。
「何事にも動じないように決心したのにうろたえた挙句気まで失ってしまったわ。」
「おとう様もお知りになったらきっと驚きになるはずです。媽媽がいなければきっと宮殿は右往左往していたはずです。」
「そなたがいてくれて本当に助かったわ。」
「私も大妃媽媽ひとりしかおりません。」
「これからも支えながらいきましょう。」
「おかあさま・・・。」
睿宗はユ・ジャグァンの求めで上党君(サンダングン、ハン・ミョンフェ)を呼びました。ハン・ミョンフェが来るまでの間、睿宗は母の部屋に見舞いに行きました。王大妃は粋嬪と相談するようにと息子に言いました。
都摠府(トチョンブ)の兵士は集められて王宮と都城の出入りを禁じるように命じられました。しかし睿宗は兵を動かす命令をしておらず粋嬪の助言を受けた王大妃の命令ということでした。
「粋嬪が命令を下したのか?」
睿宗は粋嬪に言いました。
「はい殿下。まずは宮殿の門を閉ざし城門の通行を制限すべきです。私が同副承旨に命令したのです。出過ぎた真似と存じますが何せ急を要する事態でしたので。」
「おかげで城内は平穏を保つことができます。」
「ありがとうございます殿下。殿下はナム・イをどうなさいますか?」
粋嬪ハン氏は睿宗に言いました。睿宗はナム・イが謀反を起こしたなど信じられぬというと粋嬪ハン氏はまずはナム・イを投獄して調べるべきだと言いました。睿宗は義姉の言葉に従いました。
「ハン様は命がけの賭けに出かけられました。」
ヒャンイは心配するハン・ミョンフェの正室に言いました。
ハン・ミョンフェは睿宗にナム・イの書いた詩を渡しました。
「この詩歌がどうしたのか?」
「よくご覧くださいませ。」
「・・・二十歳にして国を平定せざれば男子にあらず。この部分か?」
「読み直してみると見過ごせる内容ではないと気づきました。」
「国を守るという意味であろう?」
「私はもう六十歳になります。若者を陥れて何になりましょう。ナムが謀反を企んでいることを長らく胸に秘めていたのでございます。」
ハン・ミョンフェは世祖や魯山君、キム・ジョンソを殺して苦しんでいた世祖の話を持ち出して自分を信じるように言いました。
「殿下。私が信じられぬなら私を殺し後世への見せしめとしてください。ですがこの老いぼれを殺す前にナム・イを呼び国を得るの意味を明らかにしてくださいませ。」
「私は上党君を疑っているわけではない。ナム・イに裏切られたのが信じられぬのだ。」
睿宗はハン・ミョンフェに言いました。
「今夜は一層星が輝いています。流れ星が落ちぬせいで星(ミョンフェ)が遮られずきれいに見られます。」
ユ・ジャグァンはハン・ミョンフェに言いました。
「おめでとうございます媽媽。これで殿下は両腕を落としたも同然ですね。」
ハン・チヒョンは粋嬪ハン氏に言いました。
兵士がナム・イの家に入りました。
「逆賊ナム・イは外に出て王命を受けろ。」
ナム・イは捕まりました。
チョン・チャンソンとキム・ジルは夜中に登頂するように命じられたので癸酉靖難のように殺されるのではないかと恐れていましたがそれは杞憂でした。ホン・ユンソンも集まり「私がやつをつかまえてまりいます」と自分を誇示しました。
「スクチュ。そなたはどうして泣いているのか。」
ハン・ミョンフェはシン・スクチュに言いました。
「そなたはそれでも人間か!ナム・イは正卿(チョンギョン、クォン・ラムの諡号)の娘婿ではないか。娘婿を守ってくれと正卿に頼まれたのにそなたが先頭に立ちナム・イを陥れるとは!」
シン・スクチュは泣いていました。
ナム・イは尻を棒で叩かれ拷問されていました。
ナム・イはクォン・ラムの娘婿でした。クォン・ラムとハン・ミョンフェは竹馬の友でした。権力はかくも非情なものでした。
「友の娘婿を陥れるとは・・・我々は獣にも劣る行為をした。許されぬことなのだ。」
シン・スクチュはハン・ミョンフェに言いました。
感想
ハン・ミョンフェは自分を首陽大君に引き合わせてくれた友人クォン・ラムの息子を陥れるという卑劣なことをしたのですね。クォン・ラム(權擥)がいなければ今のハン・ミョンフェはなかったというくらいに權擥は韓明澮の恩人だったのに。シン・スクチュは良心がありながら自分の欲望と保身のために知らぬ顔をしてきたのですからシン・スクチュも同じように獣に劣る人間なのですね。朝鮮は悪人が国を支配する国だったのですね。まあ為政者が善人であったことは稀ですけど。