薯童謠(ソドンヨ)最終回
あらすじ
夜の百済王宮。
女性たちが華やかに舞い、貴族の男とメクトスたちは庭で酒と食事を楽しんでいました。
「こんなに楽しい日は生まれて初めてだ。ははは。」
メクトスは有頂天でした。
「親父、俺も結婚したいよ。」
ポムノはメクトスに言いました。
「何だと。」
「チョギとだよ。陛下がうらやましいよ。」
「父親を片付けてから結婚しろ。」
「あー!ちくしょう。」
「ところで陛下は男女の営みをご存知だろうか。事前に教育するのを忘れてたよ。」
メクトスは卑猥な想像をしていました。
「そんなの心配いりませんよ。(未経験の)俺でも知っています。」
トゥイルはメクトスに言いました。
「そうか?」
「今頃うまくやってますよ。」
「はっはっはっはっはっは。」
男たちは笑いました。
「紙に穴をあけてのぞきたいところだけど、陛下にそれはできないな。」
メクトスは笑いました。
寝所の控室。
「結髪(キョルバル)の用意はできた?」
モジンはウンジンとウスに言いました。三人は桃色に白地の縁取りの刺繍の絹を着て初夜の営みの準備をしていました。
「はい。」
「香油は?」
「用意しました。」
ウンジンはモジンに言いました。
「櫛は?」
「置きました。」
ウスが答えました。
「浄化水は?」
「用意しましたー。」
チョギは明るく言いました。
「分かったわ。」
三人は王の寝所を出ました。
「準備が整いました。」
寝所の前で控えていたボミョンが外に出てきたモジンに言いました。
「はい。では五歩下がるように。」
モジンは侍従と侍女たちに命じました。
ウンジンとチョギとウスは口に手を当てて照れ笑いして顔を見合わせました。
「陛下。初夜の儀式を始める時間です。今から申し上げる順序でなさいませ。」
モジンは寝所の中に向かって話しかけました。
「まず、生涯を共にすると誓う意味の結髪をしてください。」
ベッドの上には白地の縁に金の刺繍が施された衣に着替えたチャンと白い絹に薄桃色の縁取りの絹を着たソンファ公主が腰かけていました。二人の髪が少し切られて絹の敷物の上に赤い紐で結ばれ置かれていました。
チャンは置いてあった髪を結びました。
髪を結いあげているソンファ公主ははにかんだ笑顔を見せました。
「それでは、皇后媽媽の足袋を脱がせてください。」
チャンは床にしゃがみソンファ公主の足袋を脱がせようとしましたが、うまく脱がせられませんでした。ソンファ公主は吹き出しました。
「神聖な儀式というのに笑うのですか。」
身をかがめていたチャンがソンファ公主を見上げると、ソンファ公主は笑わないように目を閉じ口を横に結びました。
「次は足洗をします。浄化水で皇后媽媽の足を洗ってください。」
チャンが足袋を脱がすのに手間取っていると外からモジンの声が聞こえてきました。
「次は新婦の足に香粉をかけます。」
チャンはまだ足袋を脱がそうとがんばっていました。
ソンファ公主は緊張するチャンの汗を優しくぬぐってやりました。
チャンは足袋を脱がすのをあきらめ二人で並んで座り互いの頬に手をやりました。
その影が障子に投影されているのを見てモジンとウンジンたちは思わず手を口にやりました。
「イヤだっ。」
チョギは両手で口を覆いました。
「護衛以外は下がりなさい。」
モジンはボミョン以外を下がらせました。
「陛下。もう脱衣されて結構です。私たちは下がります。」
モジンがいうと障子に映された二つの影は抱き合いました。
モジンはそれを見て慌てました。ボミョンも目を伏せました。
「明かりを消してからです。明かりを消してからです。」
モジンが外から声をかけると寝所の明かりが消えました。
しばらくの時が過ぎました。
ポリャン法師はチャンとソンファ皇后を訪ねて来ました。
チャンの部屋にソンファ皇后とポリャン法師がいました。
ソンファ皇后は橙色の衣に薄緑色の裾を履いていました。
「お元気でしたか。」
ポリャン法師はチャンに言いました。
「ようこそおいでくださいました。どうなさったのですか。」
ソンファ皇后はポリャン法師に言いました。
「陛下が皇后さまのご様子を見てこいと言われました。」
「はい。よく来てくださいました。王室の皆さまはお元気ですか。」
チャンはポリャン法師に言いました。
「はい。陛下。」
「フンジョン様もですか。」
「はい。百済からの信義の証ですから丁重にもてなしています。王様に感謝の意をお伝えください。」
「はい。お伝えいたします。」
ソンファ皇后の部屋。
ソンファ皇后はポリャン法師を部屋に招きました。
「急なご訪問驚きました。陛下とお母さまはお元気ですか。」
「二人ともお元気でございます。」
ソンファ皇后は安堵のため息をつきました。
「実は・・・・・・陛下からの密書がございます。」
「密書?」
「はい。」
ポリャン法師は衣の中から真平王の手紙を取り出しました。
ソンファ皇后は手紙を読みました。
「百済の軍事状況と太学舎の技術を把握しろ。お前が連れて行った五十人の新羅人も宮殿内から官職に就けるよう取り計らえ。お前は百済の皇后である前に新羅の公主なのだから。」
ソンファ公主は手紙を読むと緊張し乱れたように手紙を持つ手を下ろしました。
「できません。」
「婚姻同盟とはそういうものでございます。利害関係で結ばれているのです。」
「私は従えません。」
「こんな要件なら二度と来ないでください。」
「皇后媽媽(ファンフマーマー)。」
「私は百済の皇后であり百済の夫に仕える一人の妻なのです。なのに、夫を裏切れというのですか。」
「陛下はそんなつもりではありません。」
「できないと陛下に伝えてください。」
宮殿の廊下。
ソンファ皇后は遠くを見つめていました。
護衛のソチュンが現れソンファ皇后に傅きました。
「皇后媽媽。」
「どうしたのだ。」
「ポリャン法師に同行した官吏が私に衛士部と親衛隊の名簿を把握しろと言ってきました。」
「何ですって。」
「新羅人、全員に指示していたようです。」
「なんですって。皆に密命が下されたというの?」
「はい。」
三年後。百済と新羅で戦争が起きました。
兵士たちは激しい殺し合いをしました。
百済の便殿(ピョンジョン)。
「陛下。新羅が戦争を先に仕掛け同盟の人質として送ったフンジョン様も殺しました。自ら婚姻同盟を破ったのでございます。」
サドゥガンはチャン(武王)に言いました。
「また新羅が裏切りました。同盟は決裂です。」
ペクチャンヒョンは激しく言いました。
「そうです陛下。新羅を許してはなりません。」
「裁くべきです。」
「陛下。フンジョン様の復讐のために皇后さまを戒めてください。皇后様を廃妃にすべきです。」
サドゥガンとペクチャンヒョンは新羅への報復を希望しました。
「しかし、皇后様は百済を探れとの新羅の命令を拒否され新羅人はほとんど帰りました。それでも廃妃を要求するのか?」
ワング親衛隊長は皇后を擁護しました。
「皇后様の今までの功績も大きい。貯水池工事の視察に行き外国との使臣と百済との関係も良好に保ちました。皇后様が百済を裏切ったことは一度もありません。」
ヨン・ギョンフ衛士佐平が発言しました。
「それはわかりますがフンジョン様が殺されたのです。」相応な対処が必要です。」
サドゥガンは言いました。
「そうです。新羅だけでなく他国も百済を甘く見ることでしょう。」
ペクチャンヒョンも言いました。
「我が国の威厳に関わります。廃妃どころか処刑すべき問題です。」
「皇后様を処刑し百済の威厳を守るのです。」
「どうか賢明なご判断を。」
「賢明なご判断を。」
貴族たちは口を揃えました。
ソンファ皇后の部屋にチャンが入ってきました。
「義父上がこんなことをなさるとは!」
チャンは厳しい口調でソンファ皇后に言いました。
「絶対に許せない行為だ。許せない。」
「・・・・・・私を、私を処刑してください。最初から同盟に二心を持ち一方的に破ったのは新羅です。だから悩まないで私を殺してください。そうしないと貴族の圧迫が続きます。陛下の理想とする国造りを続けることもできます。私は受け入れます。私は平気です。」
「だからこそ余計に新羅の義父上が許せないのだ。私が皇后を殺すよう仕向けるなんて。一体どうすれば・・・・・・。」
部屋の外からはサドゥガンたちの声が聞こえてきました。
数十人の貴族たちは庭にひれ伏し武王に上奏しました。
「陛下、皇后様を処刑してください。」
「処刑してください。」
「陛下。皇后媽媽を処刑しなければ百済の根幹が揺らぎます。賢明なご判断を。」
「賢明なご判断を。」
サドゥガンが言うと、貴族たちは声を揃えました。
「殺せだと?私の手で皇后を殺せだと?皇后を殺せだと?」
「陛下・・・・・・。」
チャンはソンファ皇后の部屋を飛び出し貴族たちの前に行きました。
「どうか賢明なご判断をー。」
「私に、私に皇后を殺せというのか。」
「陛下ー。賢明なご判断をー。」
サドゥガンが言いました。
「賢明なご判断をー。」
貴族たちは声を揃えて地面にひれ伏しました。
「できない。」
「陛下ー。」
「できない!」
「陛下ー。」
貴族たちは声を揃えて再び地面にひれ伏しました。
「そんなことはすべきではない。絶対にしない。」
「皇后は百済の妃だ。私の妻だ。百済の人間だ。わからんのか。」
「ですが陛下ー。」
「皇后を処刑しろなどと言ったら、私がその者から殺す。」
「陛下ー。しかしながら許すわけにはいきません。」
サドゥガンはしつこく言いました。
「聞け!私が遠征する!私が軍を率いる。私と皇后と百済を裏切った、新羅の王を倒す!必ず勝つ。勝って百済に服属させる。」
チャンは振り返り皇后を見ました。
百済と新羅の戦争が起こりました。
「進撃しろー。討てー。下がるなー。決して引き下がるなー。」
チャンは軍に命令しました。
ソンファ皇后は王宮で遠くを見つめていました。
十年後。チャンは戦争に勝ちました。
「新羅との戦いで、今回も陛下が勝利をおさめられた。」
チャンの凱旋。ワング将軍が叫ぶと皆は喜びました。門でチャンを迎えたソンファ皇后の顔に喜びはありませんでした。
武王の部屋。
チャンはヨン・ギョンフに尋ねました。
「皇后の体調に問題はないか。」
「はい。」
「貴族が皇后を責めるような気配はあるか。」
「ございません。陛下が勝利を続けているので文句はでません。ですが、王子様に関しては動きがあります。」
「なぜ王子様に?」
ワング親衛隊長はヨン・ギョンフに言いました。
「皇后媽媽が新羅人なので立太子に反対するようです。」
「陛下。王子様がお見えです。」
「通せ。」
小さな王子が部屋に入ってきました。
「陛下。母上が部屋でお待ちです。皇后殿へお越しください。」
「わかった。」
チャンは息子(のちの義慈王)に微笑みました。
皇后殿。
「顔色はよくないか?」
ソンファ皇后はボミョンとチョギに言いました。
「大丈夫です。ご安心ください。」
「今日は一段とお美しいです。初めてお会いした七歳のころのようです。」
「冗談を・・・。」
「陛下が来られました。」
チャンがソンファ皇后に会いに来ました。
ソンファ皇后は立ち上がってチャンを迎えましたがふらついて倒れそうになりました。
「夫人。夫人。早く主治医を呼ばないか。」
チャンはソンファ皇后を支えました。
「大丈夫ですか。」
チャンはソンファ皇后を寝床に座らせました。
「だまされましたね。いたずらできなくて退屈でした。」
「夫人。そなたはどうしてその癖が治せないのだ。」
「陛下、私はただ・・・・・・。」
「会いたくて馬を走らせてきた。」
「それが聞きたかったのです。」
「病気のふりなどするものではありません。」
「わかりました。もう怒らないで。」
「だけど陛下はどうしていつも驚かれるのですか。もう慣れているでしょうに。だまされないでください。」
「やめればいいんです。」
「陛下。主治医でございます。」
老いたコモが道具を携えて飛んできました。
「私なら大丈夫。下がりなさい。」
「本当に大丈夫ですか。」
「主治医ならよくわかっているはずだ。」
「・・・・・・はい。」
コモはソンファ皇后の気持ちを察して下がりました。
チャンとソンファ皇后は椅子に腰かけました。
「本当に大丈夫ですか。」
「いいえ。ずっと宮殿に閉じ込められっぱなしです。」
「すまない。」
「数日だけでいいから阿錯(アチャク)の師子寺(サジャサ)に行きたいです。」
「師子寺?」
「はい。私がモンナス博士に頼んでおいたこともあるし、陛下の生まれた家にまた寄りたいのです。一日でもいいから陛下と一緒に行きたい。陛下。陛下。」
「・・・・・・わかりました。行きましょう。」
メクトスの家。
「うふふふふ。戦場に出て右目を失ったが、おじいちゃんにとって人生であると同時に真理であり、えーとー・・・・・・。」
メクトスは五人の孫たちに話を披露していました。
「万年技術工でしょ?」
孫の一人が立ち上がり言いました。
「何だと。」
「さぼるのが大好きだったって。」
もう一人の孫も身を乗り出して祖父に言いました。
「誰がそんなでたらめを言った。」
「お母さんだよ。」
「母さんは物づくりが分かっていないんだ。」
「じゃあ何?」
「物づくりというのはな、さぼりながらやらないといいものが作れないのさ。」
「そうなの?」
「百済宮の屋根に乗っている瓦を知っているだろう?」
「はい。」
「どうだ?」
「きれい。」
「そうだろ?あれはおじいちゃんが作ったんだ。笑ったり、酔ったりさぼったりしている瓦もある。瓦たちがみんな気を引き締めていたら美しさがでない。」
「本当?」
「本当だとも。おじいちゃんが物づくりを芸術に変えてあれを作ったんだ。」
「すごいー。」
「だったら僕も笑って飲んだくれる。」
「いいぞ。その意気だ。」
「おとうちゃん!」
チョギはメクトスを叱りました。
「お母さん!」
子供たちはチョギのまわりに集まりました。
「またお酒を飲ませたんですかぁ?」
「いいや、飲ませてなんかいないぞ。」
「親父!」
「おとうちゃん。」
「あなた。」
ポムノが来ました。
ポムノとチョギは目くばせしました。
「やめろ!妙な合図をするから子供が増えるんだぞ。もう五人もいるんだぞ。もう子供の面倒は見られん。」
「今はそんな時間はないよ親父。二人で寝殿に来いとの命令だ。」
ポムノもチョギも立派な絹を着ていました。
チャンの部屋。ポムノとチョギは一緒にチャンに呼ばれました。
「陛下。阿錯で水路工事を終えて戻りました。」
ポムノはチャンに挨拶しました。
「畑に水をはることはできたか?」
「はい。二里にもおよぶ長い水路ができました。これで水路の工事が完了しました。ついに陛下が夢見た米の時代が来ます。」
ポムノは白い歯を見せて喜びました。
「そうか。」
「モンアス博士も陛下の偉業を称えていました。」
「ちょうど皇后がモンナス博士に会いたがっていたところだ。博士は何をしている。」
「博士は寺の工房に閉じこもりほとんど師子寺の外へ出てきません。」
「チョギ。お前も知らないか。」
「皇后様が博士にある物を作れとおっしゃいました。」
「ある物とは何だ?」
「それは知りません。」
「それとチョギ。」
「はい陛下。」
「皇后の容体はどうだ?」
「え?」
「だいぶ悪化したのか?」
「いいえ。違います。」
「事実を言え。大丈夫なのか。」
「ええ。大丈夫です。たっ・・・退屈しているようなので陛下が皇后(ファンフ)媽媽(マーマー)を外へ連れ出してくださいませ。」
宮殿の庭。
「皇后媽媽。いってらっしゃいませ。」
ヨン・ギョンフは皇后に言いました。
モジンたちも集まりました。
「留守のことは頼む。」
チャンはヨン・ギョンフに言いました。
「はい陛下。」
チャンとソンファ皇后はワング将軍の護衛で馬車に乗り阿錯に旅立ちました。
馬車の椅子に二人は並んで座り、ソンファ皇后はチャンの肩に頭をもたげました。
阿錯。
「本当にあの畑が全部田になったのですか?サテッキルも米の時代が来ると言っていました。」
ソンファ公主は直線に整備され標高の高いところから段になっている冬の田んぼを見てチャンに言いました。
「そうだったのですか。」
「はい。新羅も米に注目していました。だから百済の広い平野と農業技術を狙ったのです。」
「はい。急がねばなりません。この三国の競争では敗者は土地と民を奪われますから。」
「いいえ。それは違います。たとえ三国の競争で百済が負けても陛下と百済が開いた米と田の時代は三国すべての民を豊かにします。それは陛下が後世に与える大きな贈り物となるでしょう。それが陛下の栄光なのです。どうしましたか?」
「あなたはそうやっていつも私を奮い立たせ、私を認め導いてくれる。絶えずそうやって、ずっと一緒に。」
「愚かなせいです。」
師子寺。
夕方。チャンとソンファ皇后は寺に着きました。
「陛下。モンナス博士を呼びます。」
ワング親衛隊長はチャンに言いました。
「いいえ。私たちが行きます。」
ソンファ皇后はワング親衛隊長に言いました。
「はい。」
寺の部屋の中。
モンナス博士は木彫りの細工に息を吹きかけていました。
「陛下。」
髪が白くなったモンナス博士はチャンとソンファ皇后に気づいて立ち上がりました。
「これは何ですか。」
「皇后媽媽がお考えになられた金銅大香炉でございます。」
モンナス博士は図面をチャンに見せました。
「皇后が?」
チャンが驚くとソンファ皇后は微笑みました。
「香炉の脚は龍です。陛下の子供の頃と国王を象徴するのだとか。」
モンナス博士は説明しました。
「龍の子だといじめられたのでしょう?」
ソンファ皇后はチャンに言いました。
「・・・・・・。」
「上の蓮の花は炎のような気運を象徴し誕生を願うものです。五つの山を模した蓋は天に通じる場所だそうです。」
「天に通じる場所?」
「山の中の五人の楽師は国を追われても耐え抜いた学舎の仲間たち。五羽のおしどりは百済を支える民をあらわします。上の法王は民を抱く王の姿だそうです。」
モンナス博士は大香炉の説明をしました。
「皇后・・・・・・。」
チャンはソンファ皇后を見ました。
「いつ完成しますか。」
ソンファ皇后はモンナス博士に尋ねました。
「もう少しお待ちください。」
「陛下。生家に行きましょう。することがあります。」
チャンの生家。
チャンとソンファ皇后は生家に行くと、食事の下準備がされていました。
「これはなんですか?」
「ご飯を炊こうかと。」
「え?」
「逃げて暮らしたときもここに一日だけ泊まったときもうまく炊けずに粥になりました。結局食べてはもらえませんでしたし今度こそ成功させてみせます。」
「いいえ。私がやります。」
「いいえ。私がやります。陛下はお待ちください。」
「いいえ。私がやります。」
「いいんです。」
「私がやりたいんです。」
チャンはもみ合い声を荒げました。
「皇后に与えてもらうばかりの人生では悔いが残ります。すべてを私に与えて逝ってしまったら皇后には何が残るのですか。私が作ります。苦痛と悲しみ以外の何かを差し上げたいのです。」
「ですが陛下。夫の食事を作らなかった妻なんて・・・忘れられてしまいそうです。」
「私は忘れません。息遣いやまなざし、そして笑ったときのしわの形も全部忘れません。だから私が作ります。」
チャンはソンファ皇后の腕に手をやると、窯で米を炊きました。チャンはうちわで火をあおりました。ソンファ皇后は涙を流しました。
チャンの生家の部屋の中。チャンはソンファ皇后にさじでご飯を食べさせました。
「陛下が作られて正解です。私が作っていたらおかゆです。本当においしいです。」
チャンは匙を置くと部屋を出ていきました。ソンファ皇后もチャンの後を追いました。
チャンとソンファ皇后は川辺に立ちました。
「すべて私のせいです。お父上の国を攻めに行く私を見て皇后はどんなに苦しかったことか。最初から、出会うべきではなかった。出会っても・・・手放すべきでした。」
「おやめください。ほかのことには不満を言ってもいいです。でもこの恋だけは悔いてはなりません。この世に私たちほど幸せな者はいません。ふつうは王族の恋など実ることはありません。私たちが新羅人と百済人であること、民と公主だったこと。そのほかのあらゆる誘惑。戦争よりも恐ろしい政治権力の闘争。どれにも揺るがなかった。どんな恋人たちも歌が新羅と百済に広がるような恋をしたことはないでしょう。私は何も後悔していません。陛下は私に、逃れられるのに選んでしまうのが運命だと、そう言いましたね。私が選んだのです。陛下から逃げることができたのに、この道を選んだのです。そして、すべてを手に入れました。だから・・・私が死んでも泣かないでください。泣く理由がありません。」
チャンはソンファ皇后の肩を抱き寄せました。
チャンはソンファ公主に薬を煎じました。
「陛下。ここに寺をお建てください。」
「寺?」
「ええ。実は数日前、夢を見たのです。ポリャン法師がこの湖に弥勒寺(ミルクサ)を建てろと言いました。」
「弥勒寺を?」
「そうすれば私も、陛下も、すべての民も、弥勒の世界に行けると。」
「ええ。そうしましょう。」
チャンは煎じ薬を絞って器に入れました。
器を受け取ろうとしたソンファ皇后の手から力が抜けました。
「皇后。」
チャンはソンファ皇后を抱いて支えました。
「いたずらです。」
ソンファ皇后は目を閉じました。
「いたずらですから・・・・・・。」
「皇后・・・・・・。」
「泣かないでください。泣いては・・・・・・いけません・・・・・・。陛下は・・・笑顔が・・・素敵です・・・・・・。陛下は・・・笑顔が・・・笑顔が・・・・・・笑顔が・・・・・・。」
ソンファ皇后の声は細く小さくなっていきました。
「笑顔が・・・・・・。」
ソンファ皇后の体から力が抜けました。
「皇后。皇后。」
チャンはソンファ皇后を抱きしめました。
「皇后。」
チャンは涙を流しました。
チャンとソンファ姫の回想シーン。
チャンはいつまでも亡くなったソンファ皇后を抱いて泣きました。
ソンファ皇后の葬儀が行われました。チャン以外の皆は白い麻の着物を来て行列しました。
湖のほとり。
「陛下。」
モンナス博士は金の大香炉をチャンに渡しました。
「結局・・・皇后は、これを見ずに逝ってしまった。」
チャンは香炉を見つめ、モンナス博士に言いました。
「ええ。最期が近いのを悟られたのか私に伝言を残されました。青銅の香炉が陛下につらい運命を与えたなら、この香炉は陛下に安息を与えてほしいと。新羅によって亡くなった聖明王。阿佐太子殿下と威徳王、惠王、法王。そして死んでいった多くの民とサテッキルを包み込み、陛下と百済人に安息だけが与えられますように。それが陛下の運命の道になってほしいと。」
「(はい。そうします。それが皇后の願いならそうします。でも皇后が知らないことがあります。私が皇后にいったように逃れられられるのに選ぶのが運命です。だけど、たった一つ、逃れられなくて進んだ道がありました。皇后です。皇后に会いたい気持ちからは逃れられませんでした。だから、この香炉でもその気持ちは癒せません。会いたいです。死ぬほど会いたいです。)」
チャンは手のひらを開くと二つの木の指輪がありました。
チャンはほほえみました。
完。
感想
( ノД`)シクシク…目から汁が・・・っ。ソンファ姫もかわいそうなんですぅ。チャンの新羅への侵攻は理性的ではなくすべてソンファ姫のために。チャンもまたかわいそうですね。兄や父の遺志を継ぐといっておきながら、その志を遂げられないのですから。チャンと貴族はほんと敵同士なんですねぇ。これだけ敵対していたら百済が滅びるのも当たり前、という演出にしたかったのでしょうか。最終回、ウヨン姫のエピソードがなかったのが残念でした。ウヨン姫はチャンの結婚式で途中でいなくなって、その後はきっと部屋で泣いていたかも!庶民の代表を象徴しているメクトスとポムノ一家はチャンとは対照的で幸せそうでしたね。そういえばモジンとモンナス博士のその後のエピソードもありません。ここはしっかりと表現してほしかったナ。モジンにも子供が生まれ・・・とそんなドラマを期待していました。
そしてモンナス博士が今の国宝である百済金銅大香炉をソンファ姫の願いで作っていたのですね(ドラマの演出では)。百済の弥勒寺は実在したそうで、その史跡は韓国にあるそうですよ。弥勒寺の近くの五金山で、寡婦の母と薯(いも)を掘って暮らしている少年がいました。その少年は新羅の善花公主と結婚し王となりました。武王は皇后とともに龍華山(現在の弥勒山)の師子寺にいる知命法師を訪ねましたが、その途中で池の中から弥勒三尊が現れました。そこで、武王はその池を埋め弥勒三尊のために殿・塔・廊廡をおのおの三カ所に建てたというそうです。この弥勒寺の建設には新羅の真平王も技術者を送って協力したというそうです。
そうなると、ドラマでのチャンと真平王の関係がつじつまが会いません。
武王は隋と高句麗と二面外交をして戦争で都合のよい高句麗の味方をして隋との約束を裏切りました。(隋は腹が立ったでしょうね。)武王は伽耶(キム・スロが建国した国)をめぐって対立しており602年に新羅の騎兵隊に大敗しました。それから城を奪ったり奪い返されるの繰り返しであったそうです。隋が滅びて唐が興るとチャンは唐に鬼室福信(日本に移住した鬼室集斯の縁者)を送り朝貢しましたが新羅を攻め立てました。664年には法王(プヨソン)が建立した王興寺を完成させました。
威徳王は倭国と同盟関係にあったそうで、倭国と伽耶国と同盟を結び新羅と戦争していたそうです。
惠王に関する業績は見られませんが、法王(ポブワン、プヨソン)は仏教を厚く進行しており殺生の禁止のおふれを出すほどでした。(ソドンヨで描かれたプヨソンとは似ても似つかぬ印象です。)「隋書」によれば、法王は威徳王の子であるとされています。武王の子供の義慈王は倭国に朝貢して人質を送っていたそうです。(つまり上下関係があったということでしょう。)義慈王は残酷な王で貴族中心の政治体制に変えたのち、その貴族を殺して王権を強化したそうです。そして大耶城の投降してきた城主一家を斬首したそうです。義慈王は新羅を攻めるうちにキム・ユシンという名将が新羅に現れ次第に不利になり敗北しました。義慈王はさらに高句麗と靺鞨と手を結び新羅の三十余城を征服したが、暴君として君臨することになり百済は義慈王の独裁となりました。これを警戒した唐は新羅のキム・チュンチュとキム・ユシンと連合して百済を攻め滅ぼしました。百済の滅亡は義慈王の凶暴さが周辺国に大義名分を与える結果となってしまったようでした。高句麗も百済の義慈王と手を結んだために滅亡の道をたどりました。
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