刑事フォイル(シーズン1)第16話 隠れ家(後編)
THE FUNK HOLE 後編 プロローグ
1940年10月。ロンドンではドイツ軍による大規模な爆撃が連日続いていました。一方で都市部から離れた郊外では金に飽かせて戦禍から逃れた人々を受け入れる宿泊施設がありました。その施設ブルックフィールドコートで働く青年が行方不明になり数日前に起きた食糧の盗難事件との関連を調べていたフォイル警視正。ところが身に覚えのない国土防衛法違反で停職処分を受けてしまいました。かわりにロンドンからやってきてコリアー警部が捜査の陣頭指揮を執ることになりました。
あらすじ本編
ヘイスティングズのイギリス陸軍の基地。
「シュチュアート。まさかまた戻ってくるなんて。」
ブラッドリーは自動車を整備しながらサムに言いました。
「私にも予想外でした。」
「しゃべってよろしいとは言っていません。相変わらずおしゃべりだこと。転属になって喜んでいたのに。部下の中で一番反抗的だったから。短期間警察にいたくらいじゃ治らないでしょうけどね。で、警察からもお払い箱ってわけですか。」
初老の女性上官は厳しくサムに言いました。
「いえ。一時的な事だと思います。私の上司であるフォイル警視正が・・・。」
「今は私が上官です。今後あなたの転属については私が決定しますから。基礎的なことは覚えていますでしょうね。」
「全部は忘れていないとは思いますけど。」
サムは直立不動で斜め上を見つめてブラッドリーに言いました。
フォイルの家。
コリアー警部はフォイルの家を訪問しました。
「フォイルさん。」
「コリアー君。」
「入ってもいいですか?」
「できれば遠慮してくれ。」
「じゃあ。あなたが出てきてくれ。」
「理由は?」
「お話しがあります。これでも気を遣っているつもりなんですが。」
公園。
フォイルとコリアー警部は一緒に歩いていました。
「ホテルのドアマンはあなたが七時にホテルを出たと言っている。空襲の一時間前です。」
「それは違う。」
「でも絶対あなただったと。」
「ドアマンの勘違いか虚偽の証言だ。」
「つまり誰かがあなたを嵌めようとしている?」
「あり得るな。」
「ローズとか?」
「ローズは前任者のサマーズの友人だしあたしはサマーズを免職に追い込んだ人間だからな。」
「言い出しっぺはローズじゃない。私がローズに話を持ち込んだんです。」
「そりゃありがと。」
「仕方ないですよ。証言があるんですから。戦争はイギリスの負けでドイツの勝ちだって触れ回った男の人相があなたと一致しているんです。」
「でもわたしじゃない。」
「それはわからない。そう信じたいですけど。とにかく時間をください。」
「調書を見せてくれ。」
「それはできません。息子さんがいましたね。確か空軍。」
「そうだ。」
「うちは子供に恵まれず妻はいつも嘆いてた。でもよかった。戦争で失う心配がないから。息子さんは爆撃機のパイロットですか。」
「スピットファイアだ。」
「ドイツのパイロットを見ていると何とも言えない気持ちになる。あの若さでボタンを押して大勢の人間を無差別に殺す。とんでもない世の中になった。」
「何が言いたいんだ?」
「あなたが避難所で戦争反対を唱えたとしても理解はできます。」
「ありがと。でもわたしじゃない。」
ヘイスティングズ陸軍の工場。
「ガチャガチャっ・・・・カチャッ。」
サムは車の底部を修理していました。
「あぅ・・・最悪。あ・・・。」
サムの顔にオイルがついてしまいました。
「サム。」
フォイルの息子、アンドリューがサムに会いに来ました。
「あー。どうも。」
サムはアンドリューと反対の方向を向き置いてあった汚い布で顔を拭きました。
「署に会いに行ったらリバーズさんが教えてくれた。」
「ええ。ただの横滑り移動ってとこ。何か用?」
サムは顔を拭きましたが汚れが広がっただけでオイルは肌から落ちませんでした。
「謝りたくて。この前は失礼なことをした。」
「気にしないで。」
「そうはいかない。君の親切に恩をあだで返すなんて。」
「ほんと。ヤな男。」
「言葉もないよ。何でこんな所に?」
「話すと長いの。」
「埋め合わせさせてもらせないかな。今夜映画は?風とともに去りぬはもう見た?」
「いいえ。見てない。」
「何時に帰るの?」
「わかんない。私はすぐに帰りたいけど。」
「じゃあ六時の回にしようか。」
「了解。」
「ありがと。」
ゲストハウス。
マルコム・パウエルの部屋。
「隠していることがあるだろ。」
盲目のマルコムは妻のウェンディに言いました。
「えっ?」
「たとえ目が見えなくてもお前の嘘は見抜ける。」
「マルコム一体何の話?」
「この前キッチンで誰もいないと言われたけどいただろ。わかるんだ。」
「そんなこともう忘れちゃった。パーカーだったか。」
「いや。パーカーじゃない。あいつはネズミみたいに臭う。別のだれかだ。ここに座ってお前を待ちながら時々こう思う。もしお前が私を捨ててここを出て行っても、私はここに座って、待つしかないんだなって。」
ウェンディはマルコムの前にしゃがみマルコムの腕に手を置きました。
「あなたを傷つけるようなことはしない。」
「だったら教えてくれ。」
電話のベルが鳴りました。
「ヘイルシャム2378です。おはようございます。しばらくお待ち下さい。ボードリーさん。あなたにお電話ですけど。」
「私に?」
「ええ。」
「誰から。」
「名乗りませんでした。」
ボードリーはトランプのピラミッドを崩すと電話に出ました。
「はい。フランク・ボードリーです。」
ヘイスティングズの警察署。
「勤務中。突然爆弾が落ち・・・破片が飛び散った。イライザのアマンダ急ごうという声に私たち二人は急に飛び出しうずまく煙の中救急車を走らせた。ロンドンの救急車の運転手ってことになってますけどロンドンにさえいないですよね。」
ミルナーは作家のアマンダ・ルイスに質問しました。
「実際にそうじゃなくたっていいんですよ。大事なところはそこじゃない。」
「あなたはこの記事をブルックフィールドコートの離れで書いた。」
「そんなのは偽善だって言いたいの?青臭い事言わないで。あたしは読者の求めている英雄的な自己犠牲の物語を書いてるだけ。体験しなくたっていいんです。ビクトル・ユーゴーだってノートルダムの鐘に登ったわけじゃないし、アガサ・クリスティーだって人を殺していないでしょ。」
「あそこに来てどれぐらい?」
「二か月だけど空襲のほうがマシな気がしてきてる。」
「森で発見された遺体のことは知ってます?」
「もちろん。ネタにしたいとこだけど残念だな。あたしはロンドンにいることになってるから。考えるととっても皮肉よね。墓穴を掘ったってとこかしら。」
「ブルックフィールドコートのことをご存じなら教えてください。」
「どういうことが知りたいの?」
「まず、この殺人事件には食品の盗難が絡んでいると思います。」
「ああ。食糧の闇取引のことね。あたしは大家のパウエル夫人を疑うわ。信用できない人だもの。」
「なんでそう思うんです。」
「だって・・・ご主人の目が見えないのをいいことにご主人の目と鼻の先で自分の年の半分にもならない男と淫らな関係にあるから。」
ゲストハウス。
「チャーリー。」
遠くのほうでジェーン・ハーディマンが犬を探す声がしました。
「ダン。ハーディマンさんの犬を見なかった?」
ウェンディ・パウエルは流しで皿を洗っている青年ダンに声をかけました。
「ここにはいませんけど。」
「見ればわかるわ。今朝逃げ出したとかで大騒ぎしているの。」
「ずっとここにいたけど見ていません。」
ゲストハウスの玄関。
「チャーリー!あの子、どこかにいた?」
ジェーン・ハーディマンはウェンディ・パウエルに言いました。
「もう離れは御覧になった?」
「いいえ。一人で行くはずないし。」
「見てきます。」
「おいで。チャーリー。」
ゲストハウスの廊下。
「はっ。まったく。うちのやつは亭主より犬が大事なんですよ。」
ブレーク・ハーディマンはユダヤ人実業家のマックス・ジョーゼフに言いました。
「ははは。」
「まいるな。ああそうだ。伺おうと思ってたんです。例の話なんですがね・・・。」
ゲストハウスの離れ。
「ボードリーさん。ボードリーさん。どうなさったの。」
ウェンディは離れであおむけに倒れて苦しんでいるボードリーを見つけました。
「ああ・・・うう・・・。」
「なに?」
「ウールトン・・・・・・ウールトンが防ぐはずだった・・・・・・。」
「ボードリーさん。」
ボードリーは息絶えました。
ゲストハウスの庭。
「ああ。ちょっと降ろしてくれ。ミルナー。君はどう思う?」
コリアー警部は警官にボードリーの遺体を地面に降ろさせました。
「毒殺のようです。」
「毒を盛られたか自分で飲んだか急いで結論を出すな。」
「青酸カリです。アーモンドのにおいに唇の変色。誰かに殴られたようです。」
「うん。額の瘤か。よし。運んでくれ。座って毒を飲んで毒がまわってきて前のめりで倒れて頭をぶつけたとか。」
「自殺なら遺書があるはずです。」
「それは捜索してみないと。」
ゲストハウスのマルコム部屋。
「具合が悪くなって倒れたんだとばかり。」
「ええ。こんなことになってさぞかしショックを受けたでしょう。」
コリアー警部はマルコムの手を握っているウェンディーに言いました。
「ええ。」
「とはいえボードリーさんは何か言い残しましたか?」
「ええ。言い残しました。ウールトンが防ぐはずだったって。それだけです。」
「ウールトン?」
「ウールトン卿。」
ミルナーは言いました。
「ああ。だとしたら筋が通る。屋敷が捜索されたことで食品の強奪に加わっていたボードリーは焦ったんだろう。」
「でもなぜウールトン卿って。」
調子よく自説を披露するコリアー警部にミルナーは言いました。
「食糧大臣だ。」
「それは知ってます。でも・・・。」
「ボードリーはここに来てまだ二週間でひとりぼっちだった。知りたいもいない。いつもひとりぼっちでトランプの家を作っていた。盗みの仲間がいたはずがない。」
マルコムは言いました。
「人と交わらない方でした。でも一度だけ電話がありました。」
ウェンディは言いました。
「いつですか?」
「今朝です。驚きました。はじめてのことでしたから。」
「出たのは誰?」
「私です。男の人の声だったとしかわかりません。ボードリーさんをお呼びして受話器をお渡ししたので会話の内容までは。」
ウェンディは言いました。
「リースさんが離れにいる頻度はどれぐらいですか。」
ミルナーはウェンディーに尋ねました。
「ほとんど毎日。一日中します。」
「ボードリーさんも離れに?」
「行ってないみたい。」
「何が言いたい。」
コリアー警部はミルナーに言いました。
「もし自殺としたらなぜ離れを選んだんでしょう。」
「ボードリーさんは青酸カリを飲んだようなんです。」
コリアー警部はウェンディに説明しました。
「青酸カリ?ハーディマンさんとお話しして。」
ゲストハウスのハーディマン夫妻の部屋。
ミルナーとコリアー警部とジェーンが待つ部屋にブレーク・ハーディマンが入ってきました。
「なくなってる。」
「なぜそんなものを・・・・・。」
コリアー警部はハーディマン夫妻に質問しました。
「自殺用ですよ。ドイツの侵略に備えて。情報相のハロルド・ニコルソンと作家の奥さんも持ってるって聞いて私たちも。」
ブレークは答えました。
「その錠剤は箱か何かに入れて?」
「もちろんですよ。猛毒って書いて髑髏の絵も。だから間違えて持っていくってことはない。」
「間違えて持って行ったんではなく盗まれたかも。」
ミルナーはブレークに言いました。
「ん?」
「錠剤のことは知ってるのか?」
「いや。誰にも話してません。」
「でもパウエルさんに・・・。」
ジェーンは言いました。
「そういえば。パウエル夫人には話したかも。」
「最近。いろいろ物が無くなって。主人のカフスボタン、タバコケースにお金も。」
ジェーンは言いました。
「この部屋からですか。」
ミルナーは言いました。
「ええ。実はボードリーがここへ来てからです。私たちは彼を疑ってまして。だからあなたに言ったんです。」
「奥さんに伺います。ボードリーさんは殺された可能性もあります。例の缶詰について私たちに話してくださることがおありですね。」
ミルナーはジェーンに言いました。
「ごめんなさい。私嘘をついていました。」
「ジェーン!」
「だって誰も動物のことは考えないのだもの!犬だけで何千引きも殺処分されているのです。戦争が始まってから秘密のうちに八万匹ものペットが埋められています。飢えたまま放置されているペットも数千匹。犬にミルクをあげるのは法律違反だし。それに缶詰は今肉よりも手に入れにくいんです。」
「・・・で奥さん。犬の餌は誰から手に入れてたんですか。」
コリアー警部はウェンディに言いました。
「いつも離れの近くの木の枝に置いてもらってたんです。」
「誰に?」
「レナード・ホームズです。」
ヘイスティングズ警察署。
コリアー警部は署にレナード・ホームズを呼び質問しました。
「ハーディマン夫人が認めたぞ。法律に違反して君から食糧をずっと都合して貰っていたって。」
「ハムの缶詰だけだ。人助けです。」
「正規の値段の三倍でか?」
「頼まれたんでね。」
「吐き気がしてくる。ほんとに吐きそうだ。この情勢でよくそんなことができるな。大勢の人が死んだり大切なものをすべて失ったりしているのに。お前の頭の中には金儲けしかないのか。」
「たかが犬の餌で・・・。」
「だから許されるとでも言うのか!入手経路は?残りはどこだ。」
ミルナーは別の部屋でダン・パーカーに質問していました。
「最後のチャンスだぞパーカー。ヘイルシャムの食糧庫に盗みに入ったんだろう。」
「知らねーよ。」
「ボードリーはそれを知ってたんだろ。だから死んだ。」
「全然関係ない。」
「ほんとか?わからないぞ。殺したのか?」
「違う。」
「二人も死んでるんだ。フランク・ボードリーとマシュー・ファーリー。しかもそのうえ。これがお前の部屋にあった。さあ。いい加減正直に言え。」
ミルナーは机の上に高価な宝石をぶちまけました。
映画館。
「ああ。面白かった。」
「後半はずっと泣いてたね。」
サムとアンドリューは"GONE WITH THE WIND"と書かれた映画館から出てきました。アンドリューは包帯が取れ空軍の制服に正装し、サムは金髪を下して白いワンピースを着ていました。
「そうなの。化粧が落ちてひどい顔。」
「大丈夫。車はどこ?あ。悪かった。」
「コリアー警部はなんでこんなことを。運転手がいらないから?私が生意気なことを言ったから?ブラッドリーみたいな上官は嫌。早くお父さんに助け出しに来てほしい。」
「うちまで送る。」
桃色のアジサイやピンクのつるバラが咲く家々の間の石畳の小道。
「父さんがかわいそうすぎる。」
アンドリューはサムに言いました。
「あなたは?腕はどう?」
「もう大丈夫。あとに三日でまた飛べる。」
「それっていいこと?」
「だと思うよ。」
「怖いでしょ。」
「時々は。もう運が尽きそうだし間一髪はこれで二度目だ。今回はもうだめだと思った。」
「・・・そうだったんだ。」
「戦争がなきゃ味わえたのに。結婚して子供をもつとか。父さんの料理を味わうとか。」
「お父さんはあなたのこと口に出さないけど心配してる。」
「母さんも亡くしたしね。」
「いつ亡くなったの?」
「八年前。父さんは母さんと仲がよかったから。寂しいと思う。僕もだ。ひどい世の中だな。ヒトラー。ナチス。終わる日は来ないのかも。」
「やめよう。楽しかったのが台無し。」
「そうだね。映画でも言っていた。明日は新たな一日。」
「あなたならきっと生き延びる。きっと大丈夫。」
「だといいな。ありがと。今日は楽しかった。」
「私も。お誘いありがとう。」
「こちらこそ。サム。」
「なあに。」
「キスしたら怒る?」
「いいえ。」
アンドリューはサムに口づけをしました。
フォイルの家。
ミルナーはフォイルの家を訪れしました。
「ミルナー!」
「お邪魔ではないでしょうか。」
「まさか。見られたか?」
「ええおそらく。」
「コリアーに怒鳴られるぞ。」
フォイルはミルナーを家の中に入れました。
「よく来たな。」
「警視正は?お元気で?」
「どんな風に見える?座って。」
「ああ。いえ。すぐ失礼します。ダン・パーカーから自白を引き出せそうって報告に来ただけですから。盗まれた食糧も取り戻せました。」
「よし。」
「レナード・ホームズは金を出す気のある客なら誰にでも高値で売りつけてたんです。でもブルックフィールドコートの客はハーディマン夫人だけ。」
「ボードリーは違う?」
「食糧は買ってませんでした。でも何か知ってたようです。死ぬ間際に謎めいた言葉を言い残しました。ウールトンが防ぐはずだったって。」
「食糧大臣のウールトンか。変だな。これは地元の事件で政治とは関係なさそうなのに。自殺じゃないんだな。」
「毒を飲んだのは確かです。でも自殺なら疑問点が三つ。」
「遺書はあったか?」
「それを入れれば四つです。一。ボードリーはなぜ青酸カリのことを知っていたのか。パウエル夫人しか知らないはず。二。額の傷は殴られてできたのか倒れたときにできたのか。三。これが最も重要ですが、自殺にしろ他殺にしろなぜ離れなのか。アマンダ・リースがいつも執筆している事はみんな知っているのに。」
「ボードリーの前の住所は。」
「ロンドンのゴダードロードです。セントポールの近くの。」
「なるほど。」
「それともうひとつ。お役立てください。コリアーが作成した警視正の供述調書を書き写してきました。」
「私に続き、君も停職になりそうだな。」
フォイルはミルナーから写しを受け取りました。
「お付き合いしますよ。」
「ありがと。」
「じゃあ。失礼します。」
「その作家。ボードリーが死んだとき離れにいなかったんならどこにいたんだ。」
「署で私が取り調べ中でした。」
「そうか。じゃあ白だな。」
ゲストハウス。
「はい小切手。いいかしら。」
アマンダ・リースはウェンディ・パウエルに小切手を切りました。
「ありがとうございます。でも出て行かれるのは残念です。」
「あたしは残念じゃないけど。ここじゃ執筆できないもの。気が散って。シロプシャーのホテルに部屋が見つかったの。」
「きっとここより静かでしょうね。」
「だといいけど。あのねぇ。正直に言うと。この家の空気はよどんでる。ここに来た時にすぐに気づいたけど。」
「それを醸し出すのは家ではなくそこに暮らす人間です。」
ウェンディは皮肉を込めて言い返しました。
フォイルの家。
フォイルは外出の支度をしていました。
「まだいるか?」
フォイルは外を見るアンドリューに尋ねました。
「うん。」
「どうしたものか。」
フォイルはネクタイを締め上着を取り羽織りました。
「なんでロンドンに行きたいの?」
「後で話す。」
「あー。そうだ。僕の部屋から出なよ。窓から木を伝って隣の庭へ。」
「窓から?」
「宿題やってるふりしてよく抜け出したもんだ。」
「いくつのころだ。」
「父さんには無理。」
「やってみよう。手伝え。」
ヘイスティングズ警察署。
ミルナーはコリアー警部に呼び出されていました。
「警視正に会ったな。」
「行きました。」
「彼にはヘイスティングズ署の人間とは一切接触しないように言い渡してある。逆もまた然りです。」
「反省しています。」
「ほんとか?君のその敬意を欠いた行動にはがっかりだ。彼に捜査の進展状況を報告しに行ったのか。」
「そうです。」
「わかってるんだろうな。私は君を降格させて今すぐ別の部署へ飛ばすことだってできる。君ってやつは・・・ほんとにがっかりだよ。その忠誠心は立派だ。でも今の上司である私にもう少し忠誠心を示してくれてもいいんじゃないか。警視正への処分に不満なのか。」
「停職処分は行き過ぎだったと思っています。」
「私の決定じゃない。警視監が決めたことだ。君のことを報告すればここにはいられなくなるんだぞ。とはいえいなくなるのは私だ。」
「フォイル警視正への処分は取り消しですか。」
「いや。引き続きロンドンで捜査に当たる。」
「フランク・ボードリー殺害事件は?」
「あれは他殺じゃない自殺だ。その原因は君が突き止めてくれ。」
ロンドン。フォイルは噂が起きた防空壕を調べていました。そして次に街の露店の洗濯所を見に行きました。夫人たちは洗濯物を路上で洗う仕事をやっていました。
「このシミは取れないかもしれないけどまあやってみますね。」
ディアドレはお客に言いました。
「あなたがシムズさん?」
「そうです。」
「どこかでお会いした?」
「いえ警察の者です。」
「ドリー。ちょっとここ変わってくれる?」
「ええすぐ行く。」
「この辺の人じゃないね。」
「違います。」
「やっぱり。」
フォイルはディアドレ・シムズを呼び出しました。
「空襲のときいらっしゃいましたよね。そこの避難所に。」
「ああ。またそのことなの?知っていることなら警察に全部話した。悪気はなかったんだしかわいそうなの。つらい思いをしたんだもの。ちょっと口が滑ったくらい多めに見てあげてよ。」
「お知りあい?」
「そりゃそうよ。だってご近所だもの。」
「それで名前は?」
「ファウラー。コリン・ファウラー。」
「ファウラー。フォイルじゃなく。」
「違いますよ。もうそっとしておいてあげてよ。」
「さっき。つらい思いっておっしゃったのは?」
「学校のこと。ウエストハムにあるの。」
ファウラーの自宅近辺。
フォイルはファウラーの家を目指しました。
ファウラーの家。
「お上(かみ)なんてものはまったく世の中を見てない。想像力も欠けてる。ステップニー地区の半分が被害を受けているのに焼け出された人たちをどうするつもりなのか。公的支援なんて何の役にも立ってない。食糧も行き届いていないしどうしようもない。」
ファウラーは沈痛な面持ちでフォイルに言いました。
「学校で何が?」
「妻と息子二人と避難しろって言われた。でもあそこに数百人は多すぎる。長距離バスが来るまでの辛抱だって言われたけど三日三晩待たされた。毛布もない。座るところもない。トイレはどうしたと思う?バケツや石炭入れにしたんだ。それでも数が足りなかった。まずで家畜みたいな扱われ方だったよ。結局バスは来ないでドイツ野郎が来た。三日目の夜に爆撃があって朝になって見たら死体だらけだった。あんな数の死体初めて見た。妻は見つけられなかったけど息子二人は見つけた。並んで横たわってた。手を握って。誰かが忘れてたそうだ。書類の出し忘れか何かで助けが来なかったらしい。そのせいで家族は死んだ。」
フォイルはファウラーの家を出ました。
「逮捕しないんですか?」
「これからはもう誰も何も言ってきませんよ。」
「どうだっていいんです。私には何も・・・。またベビンが上がってる。何が防空気球だ。役立たずが。」
ロンドン警視庁。
「来るなんて聞いてないぞフォイル。突然押しかけてくるなんて無礼だと思わないのか。」
ローズ警視監はフォイルに言いました。
「知らせていたら会っていただけないでしょう。」
「現在捜査対象の君と話しはできない。」
「捜査すべきは私ではなく別の人物です。誰かが故意に私とコリン・ファウラーと間違えたんです。フォイルとファウラーで苗字がよく似ているうえ同じ警官だから。」
「コリン・ファウラー?」
「でも共通点はイニシャルだけです。ファウラーは補助警官隊に一年間いただけで本来の職業は建具師ですから。しかも私と同じく無実です。」
「ファウラーと会ったのか。」
「もちろん。私を停職にした馬鹿は誰ですか。」
「実を言うとこの私だ。」
ローズは嬉しそうにフォイルに言いました。
「驚きました。コリアーは?」
「コリアーは君に気遣って自ら捜査を申し出てくれただけだ。もういいだろう。私には山ほど仕事がある。君のことだけじゃないんだ。」
「殺人が起きている中で私が外されている理由が知りたいだけです。」
「殺人?コリアーからは自殺だって聞いたぞ。」
「違います。」
「コリアーの苦情を言いに来たのか。」
「いいえ。二か月半前に学校が爆撃されたことについて情報をいただきたいんです。」
ゲストハウス。
ミルナーは単独でゲストハウスの人々を訪ねに行きました。
「パウエルさん。作家のリースさんはあなたにある疑惑を抱いていました。」
ミルナーはウェンディ・パウエル夫人に言いました。
「なんでしょう。」
「あなたが庭師と不適切な関係にあるっていうんです。」
「淫らな・・・っていうことですか。」
「ええ。そうおっしゃっていました。
部屋には夫のマルコム・パウエルと庭師のリースがいました。
「ありえない。」
マルコムは言いました。
「私もそう思います。でも奥様には隠し事がおありのようです。何か言うことはないか?」
ミルナーはリースに声をかけました。
「ないです。話すことなんて。」
庭師のリースは腕を組みミルナーに言いました。
「ピーター・・・・・・!お前か。」
マルコム・パウエルは声を青年の聴いて動揺しました。
「僕だよ父さん。ごめんなさい。」
リースと名乗っていたピーターは父に謝りました。
「なぜ?」
「どうして分かったんですか。」
ウェンディはミルナーに言いました。
「まず庭師なのに庭仕事に疎い。海外に出征しているのに家の中に息子さんの写真は飾ってない。ご夫婦の写真はあんなにたくさんあるのに。」
「息子の写真は全部隠したんです。気づかれないように。」
「なぜ・・・こんなことを。」
マルコムは苦しそうにウェンディに言いました。
「あなたに送り返されると思って。」
「違う。母さんのせいじゃない。ごめんなさい。脱走したんだ。部隊が戦地に向かって出発する直前に。母さんは僕がここに帰ってくることを知らなかったんだ。」
「脱走した?」
「だめだった。わからないけど限界だった。」
「いやよくわかる。こうはなりたくないんだ。」
マルコムは言いました。
「どうするつもり?」
ウェンディはミルナーに言いました。
「無許可で部隊を離れるのと脱走とはまったく違います。もし息子さんが自分の意志で部隊に戻れば寛大な処分になります。」
「ええ。そうさせます。責任もって。」
マルコムはミルナーに言いました。
「ピーター。よかった。」
「ごめん。」
マルコムとピーターは抱き合いました。
ミルナーは屋敷を出ました。
海岸。
アンドリューとサムは一緒に歩いていました。
「勤務中に・・・抜け出して・・・僕と会って困らない?」
アンドリューは赤いジャケットを着て大きなイヤリングを着けたサムに言いました。
「今以上に困りようがないからいいの。ブラットリーさんの車の修理をさせられてる。すっごいポンコツ。」
「本人が?車か?」
「うふふ。そろそろ我慢できなくなりそう。荷物をまとめて実家に帰ろうかな?」
「だめだよ。父さんが何とかしてくれる。ロンドンに行ったんだ。窓から木をつたって降りて。思わず吹き出しそうになったよ。父さんが一番いい背広を着て木からぶら下がってたもんなぁ。」
「何かおっしゃってた?」
「いや。何も。」
「いつもそう。」
「いい眺めだ。なぜ離れられよう。イギリスの空は青く木々の枝は風にそよぎ夜露に透き通り・・・・・・。」
「素敵ね。」
「即興だよ。」
「詩人だ。」
「待機所での暇つぶしだよ。」
「・・・部隊に戻るんだ。」
「僕がいないと・・・困るらしい。」
「飛べないでしょ。」
「腕は治った。」
「へし折ってあげようか。」
「壊すのは車だけにしてくれ。」
「気をもんじゃうだろうな。四六時中。」
「僕ならきっと大丈夫って言ったじゃないか。」
「あの時はね。」
「心配してくれるんだ。」
「目に浮かぶなー。毎日ラジオの前に座っては手紙を書く自分が。憂鬱な気分で。」
「そんな遠くに行くわけじゃないし。」
「戦争は大っ嫌い。ヒットラーなんか・・・溺れちゃえ。」
「ひとつだけ頼みがある。」
「お父さんでしょ。」
「父さんは何でも・・・それぞれの場所にしまう人だ。」
「うん・・・ばれたらきっと実家に送り返されちゃうだろうなー。絶対無事で帰ってきてね。約束して。」
アンドリューとサムは口づけをしました。
「約束する。」
ヘイスティングズ警察署。
フォイルは警察に復帰ました。
「おはようミルナー。」
「おはようございます。」
「サムは?」
「コリアー警部が輸送部隊に戻してしまって。」
「そうか。アンドリューに電話して呼べ。」
「はい。」
フォイルの部屋。
「おはよう。」
フォイルはコリアー警部に言いました。
「おはようございます。」
コリアー警部はフォイルの椅子に座って仕事をしながらフォイルに挨拶しました。
「すぐに机をお使いになりますか。」
「いや。そんなに急いでない。」
「今朝警視監から電話を頂きました。よかったですよ。あなたの容疑が根も葉もないことがわかって。ロンドンに戻ったらもう一度この件をじっくり調査します。」
「ありがと。頼むよ。」
「今ちょうどまとめてたんです。フランク・ボードリーについての報告書を。」
「それで。君の結論は?」
「ボードリーが食糧の闇取引に関わっていたことは明らかです。ただ自殺の原因については憶測の域を出ていません。いくつか仮設を立てましたので調べてみてください。迷宮入りかもしれませんけど。」
「本当に自殺か?」
「私はそう思います。」
「違うね。」
「ミルナー巡査部長から捜査状況の報告を受けていたとはいえ・・・どうしたらそんなにはっきり結論をお出しになるのですか。現場に足を運んでいないのに。」
「解決の鍵は現場ではなくてロンドンにあった。」
「ロンドンに?」
「そうだ。今回の事件の発端はミルナーがロンドン警視庁にフランク・ボードリーについて問い合わせをしたことだった。ゲストハウスの客の一人がボードリーに金目の物を盗まれたと訴えたからだ。真犯人はダン・パーカーだったけど。その依頼書がロンドン警視庁に届いて君の目に留まった。違うか?」
「その通りです。」
「ボードリーってのはそうどこにでもある名前じゃない。君はこのボードリーが自分の探しているフランク・ボードリーって気が付いた。」
「なぜ私がボードリーを探すんです?」
「なぜならボードリーこそがウエストハムの小さな学校に二百人もの市民を避難させた男だからだ。市民を三日間劣悪な環境に放置した結果、空襲で校舎が倒壊。死者はなんと百人以上に及んだ。犠牲者の中には婦人義勇軍の隊員が二名含まれていた。スーザン・コリアーとローザン(ローズマリー)・コリアー。二人は君の・・・。」
「母と妹です・・・。」
フォイルはコリアー警部に犠牲者の名簿を渡しました。
「ボードリーの居場所を知って、君は決意を固めた。コリン・ファウラーも同じ学校で妻と息子を二人亡くしている。そのことを君は知っていた。そこで私と彼の名前が・・・少々似ていることとファウラーが補助警官隊にいたことを利用して私を扇動罪で告発。そして・・・停職処分になった私の代わりにブルックフィールドコートへと出向いた。ハーディマン夫妻の部屋から青酸カリを見つけるとミルナーには署でアマンダ・リースを取り調べるよう命令。そうすれが離れには誰もいない。続きを聞きたいか?もういいだろう。」
「そうですね。私がヘイスティングズへ来たのはやつを殺すためです。」
コリアー警部は白状しました。
回想。ボードリーが死ぬ直前のゲストハウス。ボードリーとコリアー警部は離れで会っていました。
「私のせいじゃない。君にはわからないんだ。混乱の中、書類の作成や委員会や空襲が続くし。」
ボードリーはコリアー警部に言い訳をしていました。
「お前が責任者だったのは事実だ。」
「学校に放置するつもりはなかった。仕事がありすぎて・・・。」
「大勢を死なせて自分は雲隠れか。職務を放棄して逃げ出し田舎に身を隠すとは。」
「無理なんだ。神経をやられてしまって眠れないし。このつらさが分かるか。」
「甘えるな。母と妹はあの学校で亡くなった。なのに貴様のつらさを思いやれって?」
「本当にすまないと思ってる。心から謝罪している。悪かった。ほかにどうしろっていうんだ。」
「そうだな。どうしてもらいたいか私が教えてやろう。」
コリアー警部は小瓶の錠剤を振りました。
「青酸カリだ。」
「なに?」
「それを飲んで自殺しろ。飲まないなら撃ち殺してやる。」
「そんな。本気か?」
コリアー警部はボードリーを銃の柄で殴りました。
「おああ。いっ・・・。」
「いいか。貴様に選択の自由を与えよう。毒を飲んで静かに死ぬか。あるいは足を撃たれ腹を撃たれ激痛にのたうちまわりながら死を迎えるか。私は警官だからよく知っている。その様子を私は座って見物だ。好きなほうを選べ。」
コリアー警部は弾倉をまわしてボードリーを脅迫しました。
「どっちにする?」
「奴は毒を選んだ。しかし思っていたより時間がかかった。生きたまま発見されるとは思わなかった。」
回想。
「オードリーさん。どうなさったの。」
「ウールトンが・・・防ぐはずだった。」
「ウールトン。意味を知ってますか。」
コリアー警部はフォイルに言いました。
「ファウラーは自宅前の防空気球をベビンて呼んでた。労働大臣の名前だ。ロンドンじゃ防空気球に政治家の名前がついてるらしい。ボードリーは自責の念を口にして死んだわけだ。少しは気が済んだか。ウールトンはあの学校近くの防空気球で敵機が低空飛行するのを防いで学校を守るはずった。でも・・・。」
「守れなかった。母も。妹も。ほかのみんなも。」
「残念なことに悲劇だった。だからといって君のしたことを正当化はできない。」
「後悔なんかは少しもしていない。私は身内を全員失った。愚かなミスの犠牲になって。すべては一人の男が書類の決済を忘れたせいです。私は言いました。戦争は人を変えてしまうものだって。私がいい例だ。」
陸軍の輸送部隊。
「カチャッ。カチャカチャ。」
「まだ終わらないの?」
ブラッドリーはサムに言いました。
「あともう少しです。」
「早く終わらせて。」
ブラッドリーは行きました。サムはブラッドリーのほうをしばらく見つめていました。
「サム。」
ミルナーはサムに声を掛けました。
「おはようございます。」
サムはミルナーのほうを見ま仕事を再開しました。
「何をしているんだ。私を迎えにも来ないで。」
フォイルがやって来ました。
「私のせいじゃ・・・。」
「どうする。ここにいたいか?」
「いたくないです。」
「運転手がいなくて困ってる。おいで。」
サムは部品を外し、ブラッドリーの車のボンネットを外しました。
フォイルとミルナーはいつもの座席に座りました。
アンドリューは運転席の扉を開けてサムを載せて自分も後部座席に乗り込みました。
「スチュアート?どこに行くのかしら。」
ブラッドリーは自分の車に乗りエンジンをかけると破裂音がしてボンネットの中から煙が噴き出しました。
「しゃべってよろしいとは言っていません。相変わらずおしゃべりだこと。転属になって喜んでいたのに。部下の中で一番反抗的だったから。短期間警察にいたくらいじゃ治らないでしょうけどね。で、警察からもお払い箱ってわけですか。」
初老の女性上官は厳しくサムに言いました。
「いえ。一時的な事だと思います。私の上司であるフォイル警視正が・・・。」
「今は私が上官です。今後あなたの転属については私が決定しますから。基礎的なことは覚えていますでしょうね。」
「全部は忘れていないとは思いますけど。」
サムは直立不動で斜め上を見つめてブラッドリーに言いました。
フォイルの家。
コリアー警部はフォイルの家を訪問しました。
「フォイルさん。」
「コリアー君。」
「入ってもいいですか?」
「できれば遠慮してくれ。」
「じゃあ。あなたが出てきてくれ。」
「理由は?」
「お話しがあります。これでも気を遣っているつもりなんですが。」
公園。
フォイルとコリアー警部は一緒に歩いていました。
「ホテルのドアマンはあなたが七時にホテルを出たと言っている。空襲の一時間前です。」
「それは違う。」
「でも絶対あなただったと。」
「ドアマンの勘違いか虚偽の証言だ。」
「つまり誰かがあなたを嵌めようとしている?」
「あり得るな。」
「ローズとか?」
「ローズは前任者のサマーズの友人だしあたしはサマーズを免職に追い込んだ人間だからな。」
「言い出しっぺはローズじゃない。私がローズに話を持ち込んだんです。」
「そりゃありがと。」
「仕方ないですよ。証言があるんですから。戦争はイギリスの負けでドイツの勝ちだって触れ回った男の人相があなたと一致しているんです。」
「でもわたしじゃない。」
「それはわからない。そう信じたいですけど。とにかく時間をください。」
「調書を見せてくれ。」
「それはできません。息子さんがいましたね。確か空軍。」
「そうだ。」
「うちは子供に恵まれず妻はいつも嘆いてた。でもよかった。戦争で失う心配がないから。息子さんは爆撃機のパイロットですか。」
「スピットファイアだ。」
「ドイツのパイロットを見ていると何とも言えない気持ちになる。あの若さでボタンを押して大勢の人間を無差別に殺す。とんでもない世の中になった。」
「何が言いたいんだ?」
「あなたが避難所で戦争反対を唱えたとしても理解はできます。」
「ありがと。でもわたしじゃない。」
ヘイスティングズ陸軍の工場。
「ガチャガチャっ・・・・カチャッ。」
サムは車の底部を修理していました。
「あぅ・・・最悪。あ・・・。」
サムの顔にオイルがついてしまいました。
「サム。」
フォイルの息子、アンドリューがサムに会いに来ました。
「あー。どうも。」
サムはアンドリューと反対の方向を向き置いてあった汚い布で顔を拭きました。
「署に会いに行ったらリバーズさんが教えてくれた。」
「ええ。ただの横滑り移動ってとこ。何か用?」
サムは顔を拭きましたが汚れが広がっただけでオイルは肌から落ちませんでした。
「謝りたくて。この前は失礼なことをした。」
「気にしないで。」
「そうはいかない。君の親切に恩をあだで返すなんて。」
「ほんと。ヤな男。」
「言葉もないよ。何でこんな所に?」
「話すと長いの。」
「埋め合わせさせてもらせないかな。今夜映画は?風とともに去りぬはもう見た?」
「いいえ。見てない。」
「何時に帰るの?」
「わかんない。私はすぐに帰りたいけど。」
「じゃあ六時の回にしようか。」
「了解。」
「ありがと。」
ゲストハウス。
マルコム・パウエルの部屋。
「隠していることがあるだろ。」
盲目のマルコムは妻のウェンディに言いました。
「えっ?」
「たとえ目が見えなくてもお前の嘘は見抜ける。」
「マルコム一体何の話?」
「この前キッチンで誰もいないと言われたけどいただろ。わかるんだ。」
「そんなこともう忘れちゃった。パーカーだったか。」
「いや。パーカーじゃない。あいつはネズミみたいに臭う。別のだれかだ。ここに座ってお前を待ちながら時々こう思う。もしお前が私を捨ててここを出て行っても、私はここに座って、待つしかないんだなって。」
ウェンディはマルコムの前にしゃがみマルコムの腕に手を置きました。
「あなたを傷つけるようなことはしない。」
「だったら教えてくれ。」
電話のベルが鳴りました。
「ヘイルシャム2378です。おはようございます。しばらくお待ち下さい。ボードリーさん。あなたにお電話ですけど。」
「私に?」
「ええ。」
「誰から。」
「名乗りませんでした。」
ボードリーはトランプのピラミッドを崩すと電話に出ました。
「はい。フランク・ボードリーです。」
ヘイスティングズの警察署。
「勤務中。突然爆弾が落ち・・・破片が飛び散った。イライザのアマンダ急ごうという声に私たち二人は急に飛び出しうずまく煙の中救急車を走らせた。ロンドンの救急車の運転手ってことになってますけどロンドンにさえいないですよね。」
ミルナーは作家のアマンダ・ルイスに質問しました。
「実際にそうじゃなくたっていいんですよ。大事なところはそこじゃない。」
「あなたはこの記事をブルックフィールドコートの離れで書いた。」
「そんなのは偽善だって言いたいの?青臭い事言わないで。あたしは読者の求めている英雄的な自己犠牲の物語を書いてるだけ。体験しなくたっていいんです。ビクトル・ユーゴーだってノートルダムの鐘に登ったわけじゃないし、アガサ・クリスティーだって人を殺していないでしょ。」
「あそこに来てどれぐらい?」
「二か月だけど空襲のほうがマシな気がしてきてる。」
「森で発見された遺体のことは知ってます?」
「もちろん。ネタにしたいとこだけど残念だな。あたしはロンドンにいることになってるから。考えるととっても皮肉よね。墓穴を掘ったってとこかしら。」
「ブルックフィールドコートのことをご存じなら教えてください。」
「どういうことが知りたいの?」
「まず、この殺人事件には食品の盗難が絡んでいると思います。」
「ああ。食糧の闇取引のことね。あたしは大家のパウエル夫人を疑うわ。信用できない人だもの。」
「なんでそう思うんです。」
「だって・・・ご主人の目が見えないのをいいことにご主人の目と鼻の先で自分の年の半分にもならない男と淫らな関係にあるから。」
ゲストハウス。
「チャーリー。」
遠くのほうでジェーン・ハーディマンが犬を探す声がしました。
「ダン。ハーディマンさんの犬を見なかった?」
ウェンディ・パウエルは流しで皿を洗っている青年ダンに声をかけました。
「ここにはいませんけど。」
「見ればわかるわ。今朝逃げ出したとかで大騒ぎしているの。」
「ずっとここにいたけど見ていません。」
ゲストハウスの玄関。
「チャーリー!あの子、どこかにいた?」
ジェーン・ハーディマンはウェンディ・パウエルに言いました。
「もう離れは御覧になった?」
「いいえ。一人で行くはずないし。」
「見てきます。」
「おいで。チャーリー。」
ゲストハウスの廊下。
「はっ。まったく。うちのやつは亭主より犬が大事なんですよ。」
ブレーク・ハーディマンはユダヤ人実業家のマックス・ジョーゼフに言いました。
「ははは。」
「まいるな。ああそうだ。伺おうと思ってたんです。例の話なんですがね・・・。」
ゲストハウスの離れ。
「ボードリーさん。ボードリーさん。どうなさったの。」
ウェンディは離れであおむけに倒れて苦しんでいるボードリーを見つけました。
「ああ・・・うう・・・。」
「なに?」
「ウールトン・・・・・・ウールトンが防ぐはずだった・・・・・・。」
「ボードリーさん。」
ボードリーは息絶えました。
ゲストハウスの庭。
「ああ。ちょっと降ろしてくれ。ミルナー。君はどう思う?」
コリアー警部は警官にボードリーの遺体を地面に降ろさせました。
「毒殺のようです。」
「毒を盛られたか自分で飲んだか急いで結論を出すな。」
「青酸カリです。アーモンドのにおいに唇の変色。誰かに殴られたようです。」
「うん。額の瘤か。よし。運んでくれ。座って毒を飲んで毒がまわってきて前のめりで倒れて頭をぶつけたとか。」
「自殺なら遺書があるはずです。」
「それは捜索してみないと。」
ゲストハウスのマルコム部屋。
「具合が悪くなって倒れたんだとばかり。」
「ええ。こんなことになってさぞかしショックを受けたでしょう。」
コリアー警部はマルコムの手を握っているウェンディーに言いました。
「ええ。」
「とはいえボードリーさんは何か言い残しましたか?」
「ええ。言い残しました。ウールトンが防ぐはずだったって。それだけです。」
「ウールトン?」
「ウールトン卿。」
ミルナーは言いました。
「ああ。だとしたら筋が通る。屋敷が捜索されたことで食品の強奪に加わっていたボードリーは焦ったんだろう。」
「でもなぜウールトン卿って。」
調子よく自説を披露するコリアー警部にミルナーは言いました。
「食糧大臣だ。」
「それは知ってます。でも・・・。」
「ボードリーはここに来てまだ二週間でひとりぼっちだった。知りたいもいない。いつもひとりぼっちでトランプの家を作っていた。盗みの仲間がいたはずがない。」
マルコムは言いました。
「人と交わらない方でした。でも一度だけ電話がありました。」
ウェンディは言いました。
「いつですか?」
「今朝です。驚きました。はじめてのことでしたから。」
「出たのは誰?」
「私です。男の人の声だったとしかわかりません。ボードリーさんをお呼びして受話器をお渡ししたので会話の内容までは。」
ウェンディは言いました。
「リースさんが離れにいる頻度はどれぐらいですか。」
ミルナーはウェンディーに尋ねました。
「ほとんど毎日。一日中します。」
「ボードリーさんも離れに?」
「行ってないみたい。」
「何が言いたい。」
コリアー警部はミルナーに言いました。
「もし自殺としたらなぜ離れを選んだんでしょう。」
「ボードリーさんは青酸カリを飲んだようなんです。」
コリアー警部はウェンディに説明しました。
「青酸カリ?ハーディマンさんとお話しして。」
ゲストハウスのハーディマン夫妻の部屋。
ミルナーとコリアー警部とジェーンが待つ部屋にブレーク・ハーディマンが入ってきました。
「なくなってる。」
「なぜそんなものを・・・・・。」
コリアー警部はハーディマン夫妻に質問しました。
「自殺用ですよ。ドイツの侵略に備えて。情報相のハロルド・ニコルソンと作家の奥さんも持ってるって聞いて私たちも。」
ブレークは答えました。
「その錠剤は箱か何かに入れて?」
「もちろんですよ。猛毒って書いて髑髏の絵も。だから間違えて持っていくってことはない。」
「間違えて持って行ったんではなく盗まれたかも。」
ミルナーはブレークに言いました。
「ん?」
「錠剤のことは知ってるのか?」
「いや。誰にも話してません。」
「でもパウエルさんに・・・。」
ジェーンは言いました。
「そういえば。パウエル夫人には話したかも。」
「最近。いろいろ物が無くなって。主人のカフスボタン、タバコケースにお金も。」
ジェーンは言いました。
「この部屋からですか。」
ミルナーは言いました。
「ええ。実はボードリーがここへ来てからです。私たちは彼を疑ってまして。だからあなたに言ったんです。」
「奥さんに伺います。ボードリーさんは殺された可能性もあります。例の缶詰について私たちに話してくださることがおありですね。」
ミルナーはジェーンに言いました。
「ごめんなさい。私嘘をついていました。」
「ジェーン!」
「だって誰も動物のことは考えないのだもの!犬だけで何千引きも殺処分されているのです。戦争が始まってから秘密のうちに八万匹ものペットが埋められています。飢えたまま放置されているペットも数千匹。犬にミルクをあげるのは法律違反だし。それに缶詰は今肉よりも手に入れにくいんです。」
「・・・で奥さん。犬の餌は誰から手に入れてたんですか。」
コリアー警部はウェンディに言いました。
「いつも離れの近くの木の枝に置いてもらってたんです。」
「誰に?」
「レナード・ホームズです。」
ヘイスティングズ警察署。
コリアー警部は署にレナード・ホームズを呼び質問しました。
「ハーディマン夫人が認めたぞ。法律に違反して君から食糧をずっと都合して貰っていたって。」
「ハムの缶詰だけだ。人助けです。」
「正規の値段の三倍でか?」
「頼まれたんでね。」
「吐き気がしてくる。ほんとに吐きそうだ。この情勢でよくそんなことができるな。大勢の人が死んだり大切なものをすべて失ったりしているのに。お前の頭の中には金儲けしかないのか。」
「たかが犬の餌で・・・。」
「だから許されるとでも言うのか!入手経路は?残りはどこだ。」
ミルナーは別の部屋でダン・パーカーに質問していました。
「最後のチャンスだぞパーカー。ヘイルシャムの食糧庫に盗みに入ったんだろう。」
「知らねーよ。」
「ボードリーはそれを知ってたんだろ。だから死んだ。」
「全然関係ない。」
「ほんとか?わからないぞ。殺したのか?」
「違う。」
「二人も死んでるんだ。フランク・ボードリーとマシュー・ファーリー。しかもそのうえ。これがお前の部屋にあった。さあ。いい加減正直に言え。」
ミルナーは机の上に高価な宝石をぶちまけました。
映画館。
「ああ。面白かった。」
「後半はずっと泣いてたね。」
サムとアンドリューは"GONE WITH THE WIND"と書かれた映画館から出てきました。アンドリューは包帯が取れ空軍の制服に正装し、サムは金髪を下して白いワンピースを着ていました。
「そうなの。化粧が落ちてひどい顔。」
「大丈夫。車はどこ?あ。悪かった。」
「コリアー警部はなんでこんなことを。運転手がいらないから?私が生意気なことを言ったから?ブラッドリーみたいな上官は嫌。早くお父さんに助け出しに来てほしい。」
「うちまで送る。」
桃色のアジサイやピンクのつるバラが咲く家々の間の石畳の小道。
「父さんがかわいそうすぎる。」
アンドリューはサムに言いました。
「あなたは?腕はどう?」
「もう大丈夫。あとに三日でまた飛べる。」
「それっていいこと?」
「だと思うよ。」
「怖いでしょ。」
「時々は。もう運が尽きそうだし間一髪はこれで二度目だ。今回はもうだめだと思った。」
「・・・そうだったんだ。」
「戦争がなきゃ味わえたのに。結婚して子供をもつとか。父さんの料理を味わうとか。」
「お父さんはあなたのこと口に出さないけど心配してる。」
「母さんも亡くしたしね。」
「いつ亡くなったの?」
「八年前。父さんは母さんと仲がよかったから。寂しいと思う。僕もだ。ひどい世の中だな。ヒトラー。ナチス。終わる日は来ないのかも。」
「やめよう。楽しかったのが台無し。」
「そうだね。映画でも言っていた。明日は新たな一日。」
「あなたならきっと生き延びる。きっと大丈夫。」
「だといいな。ありがと。今日は楽しかった。」
「私も。お誘いありがとう。」
「こちらこそ。サム。」
「なあに。」
「キスしたら怒る?」
「いいえ。」
アンドリューはサムに口づけをしました。
フォイルの家。
ミルナーはフォイルの家を訪れしました。
「ミルナー!」
「お邪魔ではないでしょうか。」
「まさか。見られたか?」
「ええおそらく。」
「コリアーに怒鳴られるぞ。」
フォイルはミルナーを家の中に入れました。
「よく来たな。」
「警視正は?お元気で?」
「どんな風に見える?座って。」
「ああ。いえ。すぐ失礼します。ダン・パーカーから自白を引き出せそうって報告に来ただけですから。盗まれた食糧も取り戻せました。」
「よし。」
「レナード・ホームズは金を出す気のある客なら誰にでも高値で売りつけてたんです。でもブルックフィールドコートの客はハーディマン夫人だけ。」
「ボードリーは違う?」
「食糧は買ってませんでした。でも何か知ってたようです。死ぬ間際に謎めいた言葉を言い残しました。ウールトンが防ぐはずだったって。」
「食糧大臣のウールトンか。変だな。これは地元の事件で政治とは関係なさそうなのに。自殺じゃないんだな。」
「毒を飲んだのは確かです。でも自殺なら疑問点が三つ。」
「遺書はあったか?」
「それを入れれば四つです。一。ボードリーはなぜ青酸カリのことを知っていたのか。パウエル夫人しか知らないはず。二。額の傷は殴られてできたのか倒れたときにできたのか。三。これが最も重要ですが、自殺にしろ他殺にしろなぜ離れなのか。アマンダ・リースがいつも執筆している事はみんな知っているのに。」
「ボードリーの前の住所は。」
「ロンドンのゴダードロードです。セントポールの近くの。」
「なるほど。」
「それともうひとつ。お役立てください。コリアーが作成した警視正の供述調書を書き写してきました。」
「私に続き、君も停職になりそうだな。」
フォイルはミルナーから写しを受け取りました。
「お付き合いしますよ。」
「ありがと。」
「じゃあ。失礼します。」
「その作家。ボードリーが死んだとき離れにいなかったんならどこにいたんだ。」
「署で私が取り調べ中でした。」
「そうか。じゃあ白だな。」
ゲストハウス。
「はい小切手。いいかしら。」
アマンダ・リースはウェンディ・パウエルに小切手を切りました。
「ありがとうございます。でも出て行かれるのは残念です。」
「あたしは残念じゃないけど。ここじゃ執筆できないもの。気が散って。シロプシャーのホテルに部屋が見つかったの。」
「きっとここより静かでしょうね。」
「だといいけど。あのねぇ。正直に言うと。この家の空気はよどんでる。ここに来た時にすぐに気づいたけど。」
「それを醸し出すのは家ではなくそこに暮らす人間です。」
ウェンディは皮肉を込めて言い返しました。
フォイルの家。
フォイルは外出の支度をしていました。
「まだいるか?」
フォイルは外を見るアンドリューに尋ねました。
「うん。」
「どうしたものか。」
フォイルはネクタイを締め上着を取り羽織りました。
「なんでロンドンに行きたいの?」
「後で話す。」
「あー。そうだ。僕の部屋から出なよ。窓から木を伝って隣の庭へ。」
「窓から?」
「宿題やってるふりしてよく抜け出したもんだ。」
「いくつのころだ。」
「父さんには無理。」
「やってみよう。手伝え。」
ヘイスティングズ警察署。
ミルナーはコリアー警部に呼び出されていました。
「警視正に会ったな。」
「行きました。」
「彼にはヘイスティングズ署の人間とは一切接触しないように言い渡してある。逆もまた然りです。」
「反省しています。」
「ほんとか?君のその敬意を欠いた行動にはがっかりだ。彼に捜査の進展状況を報告しに行ったのか。」
「そうです。」
「わかってるんだろうな。私は君を降格させて今すぐ別の部署へ飛ばすことだってできる。君ってやつは・・・ほんとにがっかりだよ。その忠誠心は立派だ。でも今の上司である私にもう少し忠誠心を示してくれてもいいんじゃないか。警視正への処分に不満なのか。」
「停職処分は行き過ぎだったと思っています。」
「私の決定じゃない。警視監が決めたことだ。君のことを報告すればここにはいられなくなるんだぞ。とはいえいなくなるのは私だ。」
「フォイル警視正への処分は取り消しですか。」
「いや。引き続きロンドンで捜査に当たる。」
「フランク・ボードリー殺害事件は?」
「あれは他殺じゃない自殺だ。その原因は君が突き止めてくれ。」
ロンドン。フォイルは噂が起きた防空壕を調べていました。そして次に街の露店の洗濯所を見に行きました。夫人たちは洗濯物を路上で洗う仕事をやっていました。
「このシミは取れないかもしれないけどまあやってみますね。」
ディアドレはお客に言いました。
「あなたがシムズさん?」
「そうです。」
「どこかでお会いした?」
「いえ警察の者です。」
「ドリー。ちょっとここ変わってくれる?」
「ええすぐ行く。」
「この辺の人じゃないね。」
「違います。」
「やっぱり。」
フォイルはディアドレ・シムズを呼び出しました。
「空襲のときいらっしゃいましたよね。そこの避難所に。」
「ああ。またそのことなの?知っていることなら警察に全部話した。悪気はなかったんだしかわいそうなの。つらい思いをしたんだもの。ちょっと口が滑ったくらい多めに見てあげてよ。」
「お知りあい?」
「そりゃそうよ。だってご近所だもの。」
「それで名前は?」
「ファウラー。コリン・ファウラー。」
「ファウラー。フォイルじゃなく。」
「違いますよ。もうそっとしておいてあげてよ。」
「さっき。つらい思いっておっしゃったのは?」
「学校のこと。ウエストハムにあるの。」
ファウラーの自宅近辺。
フォイルはファウラーの家を目指しました。
ファウラーの家。
「お上(かみ)なんてものはまったく世の中を見てない。想像力も欠けてる。ステップニー地区の半分が被害を受けているのに焼け出された人たちをどうするつもりなのか。公的支援なんて何の役にも立ってない。食糧も行き届いていないしどうしようもない。」
ファウラーは沈痛な面持ちでフォイルに言いました。
「学校で何が?」
「妻と息子二人と避難しろって言われた。でもあそこに数百人は多すぎる。長距離バスが来るまでの辛抱だって言われたけど三日三晩待たされた。毛布もない。座るところもない。トイレはどうしたと思う?バケツや石炭入れにしたんだ。それでも数が足りなかった。まずで家畜みたいな扱われ方だったよ。結局バスは来ないでドイツ野郎が来た。三日目の夜に爆撃があって朝になって見たら死体だらけだった。あんな数の死体初めて見た。妻は見つけられなかったけど息子二人は見つけた。並んで横たわってた。手を握って。誰かが忘れてたそうだ。書類の出し忘れか何かで助けが来なかったらしい。そのせいで家族は死んだ。」
フォイルはファウラーの家を出ました。
「逮捕しないんですか?」
「これからはもう誰も何も言ってきませんよ。」
「どうだっていいんです。私には何も・・・。またベビンが上がってる。何が防空気球だ。役立たずが。」
ロンドン警視庁。
「来るなんて聞いてないぞフォイル。突然押しかけてくるなんて無礼だと思わないのか。」
ローズ警視監はフォイルに言いました。
「知らせていたら会っていただけないでしょう。」
「現在捜査対象の君と話しはできない。」
「捜査すべきは私ではなく別の人物です。誰かが故意に私とコリン・ファウラーと間違えたんです。フォイルとファウラーで苗字がよく似ているうえ同じ警官だから。」
「コリン・ファウラー?」
「でも共通点はイニシャルだけです。ファウラーは補助警官隊に一年間いただけで本来の職業は建具師ですから。しかも私と同じく無実です。」
「ファウラーと会ったのか。」
「もちろん。私を停職にした馬鹿は誰ですか。」
「実を言うとこの私だ。」
ローズは嬉しそうにフォイルに言いました。
「驚きました。コリアーは?」
「コリアーは君に気遣って自ら捜査を申し出てくれただけだ。もういいだろう。私には山ほど仕事がある。君のことだけじゃないんだ。」
「殺人が起きている中で私が外されている理由が知りたいだけです。」
「殺人?コリアーからは自殺だって聞いたぞ。」
「違います。」
「コリアーの苦情を言いに来たのか。」
「いいえ。二か月半前に学校が爆撃されたことについて情報をいただきたいんです。」
ゲストハウス。
ミルナーは単独でゲストハウスの人々を訪ねに行きました。
「パウエルさん。作家のリースさんはあなたにある疑惑を抱いていました。」
ミルナーはウェンディ・パウエル夫人に言いました。
「なんでしょう。」
「あなたが庭師と不適切な関係にあるっていうんです。」
「淫らな・・・っていうことですか。」
「ええ。そうおっしゃっていました。
部屋には夫のマルコム・パウエルと庭師のリースがいました。
「ありえない。」
マルコムは言いました。
「私もそう思います。でも奥様には隠し事がおありのようです。何か言うことはないか?」
ミルナーはリースに声をかけました。
「ないです。話すことなんて。」
庭師のリースは腕を組みミルナーに言いました。
「ピーター・・・・・・!お前か。」
マルコム・パウエルは声を青年の聴いて動揺しました。
「僕だよ父さん。ごめんなさい。」
リースと名乗っていたピーターは父に謝りました。
「なぜ?」
「どうして分かったんですか。」
ウェンディはミルナーに言いました。
「まず庭師なのに庭仕事に疎い。海外に出征しているのに家の中に息子さんの写真は飾ってない。ご夫婦の写真はあんなにたくさんあるのに。」
「息子の写真は全部隠したんです。気づかれないように。」
「なぜ・・・こんなことを。」
マルコムは苦しそうにウェンディに言いました。
「あなたに送り返されると思って。」
「違う。母さんのせいじゃない。ごめんなさい。脱走したんだ。部隊が戦地に向かって出発する直前に。母さんは僕がここに帰ってくることを知らなかったんだ。」
「脱走した?」
「だめだった。わからないけど限界だった。」
「いやよくわかる。こうはなりたくないんだ。」
マルコムは言いました。
「どうするつもり?」
ウェンディはミルナーに言いました。
「無許可で部隊を離れるのと脱走とはまったく違います。もし息子さんが自分の意志で部隊に戻れば寛大な処分になります。」
「ええ。そうさせます。責任もって。」
マルコムはミルナーに言いました。
「ピーター。よかった。」
「ごめん。」
マルコムとピーターは抱き合いました。
ミルナーは屋敷を出ました。
海岸。
アンドリューとサムは一緒に歩いていました。
「勤務中に・・・抜け出して・・・僕と会って困らない?」
アンドリューは赤いジャケットを着て大きなイヤリングを着けたサムに言いました。
「今以上に困りようがないからいいの。ブラットリーさんの車の修理をさせられてる。すっごいポンコツ。」
「本人が?車か?」
「うふふ。そろそろ我慢できなくなりそう。荷物をまとめて実家に帰ろうかな?」
「だめだよ。父さんが何とかしてくれる。ロンドンに行ったんだ。窓から木をつたって降りて。思わず吹き出しそうになったよ。父さんが一番いい背広を着て木からぶら下がってたもんなぁ。」
「何かおっしゃってた?」
「いや。何も。」
「いつもそう。」
「いい眺めだ。なぜ離れられよう。イギリスの空は青く木々の枝は風にそよぎ夜露に透き通り・・・・・・。」
「素敵ね。」
「即興だよ。」
「詩人だ。」
「待機所での暇つぶしだよ。」
「・・・部隊に戻るんだ。」
「僕がいないと・・・困るらしい。」
「飛べないでしょ。」
「腕は治った。」
「へし折ってあげようか。」
「壊すのは車だけにしてくれ。」
「気をもんじゃうだろうな。四六時中。」
「僕ならきっと大丈夫って言ったじゃないか。」
「あの時はね。」
「心配してくれるんだ。」
「目に浮かぶなー。毎日ラジオの前に座っては手紙を書く自分が。憂鬱な気分で。」
「そんな遠くに行くわけじゃないし。」
「戦争は大っ嫌い。ヒットラーなんか・・・溺れちゃえ。」
「ひとつだけ頼みがある。」
「お父さんでしょ。」
「父さんは何でも・・・それぞれの場所にしまう人だ。」
「うん・・・ばれたらきっと実家に送り返されちゃうだろうなー。絶対無事で帰ってきてね。約束して。」
アンドリューとサムは口づけをしました。
「約束する。」
ヘイスティングズ警察署。
フォイルは警察に復帰ました。
「おはようミルナー。」
「おはようございます。」
「サムは?」
「コリアー警部が輸送部隊に戻してしまって。」
「そうか。アンドリューに電話して呼べ。」
「はい。」
フォイルの部屋。
「おはよう。」
フォイルはコリアー警部に言いました。
「おはようございます。」
コリアー警部はフォイルの椅子に座って仕事をしながらフォイルに挨拶しました。
「すぐに机をお使いになりますか。」
「いや。そんなに急いでない。」
「今朝警視監から電話を頂きました。よかったですよ。あなたの容疑が根も葉もないことがわかって。ロンドンに戻ったらもう一度この件をじっくり調査します。」
「ありがと。頼むよ。」
「今ちょうどまとめてたんです。フランク・ボードリーについての報告書を。」
「それで。君の結論は?」
「ボードリーが食糧の闇取引に関わっていたことは明らかです。ただ自殺の原因については憶測の域を出ていません。いくつか仮設を立てましたので調べてみてください。迷宮入りかもしれませんけど。」
「本当に自殺か?」
「私はそう思います。」
「違うね。」
「ミルナー巡査部長から捜査状況の報告を受けていたとはいえ・・・どうしたらそんなにはっきり結論をお出しになるのですか。現場に足を運んでいないのに。」
「解決の鍵は現場ではなくてロンドンにあった。」
「ロンドンに?」
「そうだ。今回の事件の発端はミルナーがロンドン警視庁にフランク・ボードリーについて問い合わせをしたことだった。ゲストハウスの客の一人がボードリーに金目の物を盗まれたと訴えたからだ。真犯人はダン・パーカーだったけど。その依頼書がロンドン警視庁に届いて君の目に留まった。違うか?」
「その通りです。」
「ボードリーってのはそうどこにでもある名前じゃない。君はこのボードリーが自分の探しているフランク・ボードリーって気が付いた。」
「なぜ私がボードリーを探すんです?」
「なぜならボードリーこそがウエストハムの小さな学校に二百人もの市民を避難させた男だからだ。市民を三日間劣悪な環境に放置した結果、空襲で校舎が倒壊。死者はなんと百人以上に及んだ。犠牲者の中には婦人義勇軍の隊員が二名含まれていた。スーザン・コリアーとローザン(ローズマリー)・コリアー。二人は君の・・・。」
「母と妹です・・・。」
フォイルはコリアー警部に犠牲者の名簿を渡しました。
「ボードリーの居場所を知って、君は決意を固めた。コリン・ファウラーも同じ学校で妻と息子を二人亡くしている。そのことを君は知っていた。そこで私と彼の名前が・・・少々似ていることとファウラーが補助警官隊にいたことを利用して私を扇動罪で告発。そして・・・停職処分になった私の代わりにブルックフィールドコートへと出向いた。ハーディマン夫妻の部屋から青酸カリを見つけるとミルナーには署でアマンダ・リースを取り調べるよう命令。そうすれが離れには誰もいない。続きを聞きたいか?もういいだろう。」
「そうですね。私がヘイスティングズへ来たのはやつを殺すためです。」
コリアー警部は白状しました。
回想。ボードリーが死ぬ直前のゲストハウス。ボードリーとコリアー警部は離れで会っていました。
「私のせいじゃない。君にはわからないんだ。混乱の中、書類の作成や委員会や空襲が続くし。」
ボードリーはコリアー警部に言い訳をしていました。
「お前が責任者だったのは事実だ。」
「学校に放置するつもりはなかった。仕事がありすぎて・・・。」
「大勢を死なせて自分は雲隠れか。職務を放棄して逃げ出し田舎に身を隠すとは。」
「無理なんだ。神経をやられてしまって眠れないし。このつらさが分かるか。」
「甘えるな。母と妹はあの学校で亡くなった。なのに貴様のつらさを思いやれって?」
「本当にすまないと思ってる。心から謝罪している。悪かった。ほかにどうしろっていうんだ。」
「そうだな。どうしてもらいたいか私が教えてやろう。」
コリアー警部は小瓶の錠剤を振りました。
「青酸カリだ。」
「なに?」
「それを飲んで自殺しろ。飲まないなら撃ち殺してやる。」
「そんな。本気か?」
コリアー警部はボードリーを銃の柄で殴りました。
「おああ。いっ・・・。」
「いいか。貴様に選択の自由を与えよう。毒を飲んで静かに死ぬか。あるいは足を撃たれ腹を撃たれ激痛にのたうちまわりながら死を迎えるか。私は警官だからよく知っている。その様子を私は座って見物だ。好きなほうを選べ。」
コリアー警部は弾倉をまわしてボードリーを脅迫しました。
「どっちにする?」
「奴は毒を選んだ。しかし思っていたより時間がかかった。生きたまま発見されるとは思わなかった。」
回想。
「オードリーさん。どうなさったの。」
「ウールトンが・・・防ぐはずだった。」
「ウールトン。意味を知ってますか。」
コリアー警部はフォイルに言いました。
「ファウラーは自宅前の防空気球をベビンて呼んでた。労働大臣の名前だ。ロンドンじゃ防空気球に政治家の名前がついてるらしい。ボードリーは自責の念を口にして死んだわけだ。少しは気が済んだか。ウールトンはあの学校近くの防空気球で敵機が低空飛行するのを防いで学校を守るはずった。でも・・・。」
「守れなかった。母も。妹も。ほかのみんなも。」
「残念なことに悲劇だった。だからといって君のしたことを正当化はできない。」
「後悔なんかは少しもしていない。私は身内を全員失った。愚かなミスの犠牲になって。すべては一人の男が書類の決済を忘れたせいです。私は言いました。戦争は人を変えてしまうものだって。私がいい例だ。」
陸軍の輸送部隊。
「カチャッ。カチャカチャ。」
「まだ終わらないの?」
ブラッドリーはサムに言いました。
「あともう少しです。」
「早く終わらせて。」
ブラッドリーは行きました。サムはブラッドリーのほうをしばらく見つめていました。
「サム。」
ミルナーはサムに声を掛けました。
「おはようございます。」
サムはミルナーのほうを見ま仕事を再開しました。
「何をしているんだ。私を迎えにも来ないで。」
フォイルがやって来ました。
「私のせいじゃ・・・。」
「どうする。ここにいたいか?」
「いたくないです。」
「運転手がいなくて困ってる。おいで。」
サムは部品を外し、ブラッドリーの車のボンネットを外しました。
フォイルとミルナーはいつもの座席に座りました。
アンドリューは運転席の扉を開けてサムを載せて自分も後部座席に乗り込みました。
「スチュアート?どこに行くのかしら。」
ブラッドリーは自分の車に乗りエンジンをかけると破裂音がしてボンネットの中から煙が噴き出しました。
感想
今日も何とか解決しましたね。フォイル警視正もとんだ迷惑どころか自分の社会的地位が危なかったですね。ローズ警視監はさぞやよい気味だったことでしょう。イギリスの空襲もなかなか激しかったようですね。戦勝国で大英帝国を築きかつては奴隷をたくさんこき使って今では核を持ってるとはいえ無事ではなかったようですね。そしてときどきでてくるドイツの蛮行エピソード。人の命を奪うことは間違いなくこの上ない悪行ですが、他人の土地や富を奪い人間を奴隷にすることも生き地獄ですから十分罪深いことだと思います。イギリスやアメリカはヒットラーに反共の先鋒を勤めさえたとさえ言われてますから蛮行を助長するきっかけはほかの国にもあったようですね。当時は他国の富を人を殺したり奴隷にしたりして奪うことが国是とされてきた時代ですから、これが正しいということではなくて誰もが悪の道を歩んでいてそれを自覚していなかったということのようです。そんな状況をフォイルは冷静に見つめて暗に批判してもいましたね。さて、ドラマでは食糧品店の経営者のレナードとマシューはダンを見殺しにしてしまいました。ブレーク・ハーディマンは嗅覚がよくて大きな罪を犯したボードリーを怪しみます。怪しいというところまでは正解でも金目の物を盗んだのはダンでした。そして謎の金髪の庭師リードはパウエル夫妻のたった一人の息子でした。母なら大事な息子が死んでは生きる意味がありませんからかくまったことは罪でも当然の行動だといえました。きな臭い世の中ですから誰もが誰もを不審に思っているところもしっかり描写されてましたね。アンドリューもサムを信じなくてフォイルに気づかされるまでは心が曇っていました。作家の女性はこの事件とはまったく関係がないとはいってもウェンディが暗にあなた(や町の女性)の心が曇っているから卑猥(や闇取引をしてるみたい)に見えたのだといいました(どうでもいいことですが、私にはしっかり親子の関係に見えましたw)。コリアー警部は前編からとても怪しかったですね。コリアーはちょっとでも気に入らない人物を左遷するくらいですから、憎い相手にはどうするかなんて思えば容易に想像がつきますよね。それにしても「隠れ家」は陰気なエピソードでした。暗い影には光あり、そんな感じでサムとアンドリューの恋が進展しましたね!