王と妃 107話 世祖、譲位を決意
あらすじ
亀城君(キソングン)は世祖の背中を掻かされていました。
世祖(セジョ)は領議政(ヨンイジョン)となったチェ・ハンや左議政(チャイジョン)のチョ・ソンムン、右議政(ウイジョン)のカン・スンに世子(セジャ)に譲位をすると言いました。
ユ・ジャグァンは譲位を拒み政丞(チョンスン)らが辞任すると言い張るのでこの際人事を一新して老いた官僚と入れ替えてみてはどうかと世祖に助言しました。
「頼りにならない日和見を取り除いて亀城君を領議政にすれば世子殿下の未来は前途洋々でございましょう」
亀城君はユ・ジャグァンに事を急いではならぬと言うと、ユ・ジャグァンはいつ世祖が逝去してもおかしくないので機会を逃してはならない、そうしなければ皆が世子を操ろうとするだろうといいました。
夜、工曹判書(コンジョパンソ)ナム・イはユ・ジャグァンを自宅に招きました。
「工曹判書になり暇をもてあましておる。」
「大監(テガム)は兵曹判書におなりになるべきでした。」
「ジャグァンよ。私の書いた詩を見るか?読んでみよ。」
白頭石磨刀盡 白頭山(ペクトゥサン)の石は刀を磨きて尽き
豆満江波飲馬無 豆満江(トゥマンガン)の水は馬に飲み干させり。
男児二十未平國 男児二十歳にして国を平定できざれば
後世誰稱大丈夫 後世に名を残すことができようか。
この詩はナム・イがイ・シエの乱を平定したのち白頭山に登って作られた詩でした。のちにこの詩はナム・イが謀反を企てた証拠としてユ・ジャグァン(柳子光)に利用されることになりました。「国を平定できざれば」の部分が「国を得られなければ」と曲解されたのでした。「男は国を手に入れてこそ後世に名を残せる」と解釈すると謀反の意にとれました。ユ・ジャグァンはこの詩を証拠にナム・イを謀反人に仕立てることになりました。
「どうだ。」
ユ・ジャグァンはナム・イに拝礼しました。
「将軍(チャングン)。将軍の志の高さが伝わってくるようでした。将軍が兵曹(ヒョンジョ)を取りまとめれば国防は安全でしょう。」
「兵権がもらえるはずがない。」
「実はすでに幾度となく殿下にご提案いたしました。」
「それで?」
「横から牽制するお方がいるのです。」
「亀城君か。彼ならやりかねん」
「将軍。私が言いたいのは・・・。」
「言わなくてもわかる。」
「ならばこれ以上申しません。」
「わたしを妬んでいるのだ。」
「まさか。そんな。亀城君が領議政になれば将軍を兵曹判書に推薦なさるでしょう。」
「ご存じなかったと?」
「なんてことだ。」
「このたび殿下が領議政(ヨンイジョン)に任命されたチェ・ハンは亀城君の前の飛び石にすぎません。」
「亀城君が領相(ヨンサン、領議政)か。自分は領相(ヨンサン、領議政)の座を狙っておいて・・・私には工曹(コンジョ)を任せるのか。」
ナム・イは酒をあおりました。
「国を平定してこそ後世に名を残すか。ナム・イは自ら墓穴を掘っている。」
ナム・イの屋敷から出てきたユ・ジャグァンはつぶやきました。
ユ・ジャグァンはハン・ミョンフェの家に行きました。
「お酒を飲まれる前から舌打ちですか。」
ヒャンイは主人に言いました。
「若者のうぬぼれに呆れているのだ。」
「ナム・イ将軍には気概があります。」
ヒャンイは言いました。
「飲め。飲めというのに。」
「私は上党君(サンダングン、ハン・ミョンフェ)大監に大事な用事がありまして。」
「この者(ヒャンイ)なら気にするな。私は最近耳が遠くなってな。この者が聞き取って伝えてくれるのだ。」
「耳がお悪いのですか上党君大監。」
「耳が悪いだけでなく目も悪くなってきた。」
「ご冗談をおっしゃってるのですか。上党君大監とお話ししていると何とも言えぬ鋭さを感じ背筋が凍る思いがいたします。」
「最近の私は面倒を避けて生きておる。」
「大監。世の中がまるで逆回りです。二十八歳という若い領議政の下で元老に政治をさせるなど。年寄りは去れと言ってるも同然です。殿下のご判断には理解し難いものがあります。殿下が譲位なされれば世子様は十九歳で国王になられます。大監。最近殿下にお会いなされましたか。殿下のお顔には死相がにじみでています。」
「私は目が悪いので殿下のお顔がよく見えぬのだ。そなたは天地がひっくり返るのが望みであろう?ならば望み通りではないか。」
「上党君大監は一度天地をひっくり返されました。」
「私は一度だけだがそなたは何度でもひっくり返すだろうな。」
「私は粋嬪様のために尽くしたいのです。」
「何を言うか。一度ひっくり返せば十分だ。酒でも飲んで帰れ。」
「亀城君は驕った男でナム・イは横柄な人間です。ナム・イはイ・シエの乱で名誉を得たにも関わらず亀城君を敵視しておりこのままではもめごとに発展するでしょう。」
「聞こえん。私には聞こえんので帰れ。」
ユ・ジャグァンは帰りました。
「使えそうな者を追い払うのですか?」
ヒャンイは主人に言いました。
「危険すぎる。彼も私と同じ卑しい人間だが私は身の程をわきまえておる。雑草というのは生命力が強く引き抜いてもまた成長する。」
「粋嬪様に紹介するのです。」
「なんと恐ろしいことを言うのだ。虎の穴に放り込まれたほうがましだ。」
酔った工曹判書のナム・イ(王族の血を引く官僚)は世祖の部屋の前まで行き謁見を希望しました。
「殿下。殿下は亀城君を信頼しすぎておられます。死を覚悟で換言いたします。殿下。亀城君は殿下にこびて出世しようと考えている男です。それも真似てか朝廷の重臣たちも殿下の顔色をうかがってばかりです。」
「それで?私にどうしろというのかー!」
世祖は怒鳴りました。
「亀城君は領相(ヨンサン、領議政)の器ではありません。」
「ならばそなたは判書の器だというのかー!げふげふ。私が亀城君とそなたに世子の将来を任せたいのに互いを敵視し出世を争うとは何事だー!」
「殿下。私は・・・・・・。」
「ネイノン!亀城君は私の身内でありイ・シエを倒した功労者だ!私が亀城君を信頼して当然ではないか!誰かおらぬか。その者を義禁府に投獄し監禁せよ!」
「殿下。殿下。私の忠誠心は亀城君に劣りません!なぜ私を遠ざけるのですかー!」
ナム・イは投獄されました。
「どいつも皆同じなのだな。虎が怖くて洞窟へ逃げたのにそこがまさに虎の巣穴だった。若造たちもハン・ミョンフェと中身は変わらぬではないか。ネーイノーン。」
世祖は嘆きました。
ハン・ミョンフェは輿に乗り王宮に行きました。ハン・チヒョンがハン・ミョンフェに挨拶すると「誰だったかね」ととぼけました。
新たな人事が発表されました。
左議政。ホン・ダルソン。
「ホン・ダルソン様の願いがかないましたね。」
ハン・チヒョンはハン・ミョンフェに言いました。
「長続きせぬだろう。そなたの名前も載ってるな。粋嬪様によろしく。」
戸曹参判。ハン・チヒョン。
「これでも私を信用できませんか。上党君大監。」
ユ・ジャグァンはハン・ミョンフェに声をかけました。
「殿下がナム・イを義禁府に監禁したのはそなたのせいか。」
ハン・ミョンフェはそれだけ言うと行ってしまいました。
シン・スクチュとホン・ダルソンはハン・ミョンフェと会議室で会いました。ハン・ミョンフェは「死んだら位牌に議政府左議政の刻むことができる」と泣いているホン・ダルソンに言いました。
「そなたは何かにつけ位牌の話をするのだな。はっはっはっは。」
シン・スクチュはハン・ミョンフェに言いました。
「そのうち私とともに墓地探しをしよう。」
型破りな人事はその後も続きました。ハン・ミョンフェをはじめとした功臣と配下は皆後ろへと退かされました。
「はっはっはっは。ハン・ミョンフェの顔が見たい。さぞ悔しがっておるだろう。久々に腹の底から笑った。」
世祖は部屋で侍っている亀城君とユ・ジャグァンに言いました。
「殿下。ナム・イをお許しください。気性の悪い男ですが悪気はないかと。」
亀城君はナム・イの放免を願いました。
世祖はナム・イを解放しました。
亀城君は釈放されたナム・イにやさしく声をかけましたがナム・イは亀城君に敵意を向けました。
ハン・チヒョンは粋嬪ハン氏に自分は大出世をしたといいました。
「媽媽には高陽(コヤン)耕地の稲を六百石と温陽(オニャン)耕地の黄豆が四百国与えられます。月山君には稲と豆をあわせて千六百石。乽山君には・・・・・・・。」
「もう結構です。」
「媽媽。今回は受け取るべきです。」
「百万石だろうと嬉しくありません。私が欲しいのは王座なのです。」
「配下を得るには財力が必要だと思いませんか。媽媽。私が戸曹に入って調べると国中の土地が功臣は勲旧派のものでした。」
「功臣田も科田も殿下が取り上げたはずです。官僚たちも返還したではありませんか。」
「そうではなかったのです。」
「なんですって。」
「優良な土地は隠し持ったまま価値のない不毛な土地だけを殿下に返上したのです。」
「まさかそんな。」
「媽媽。世子様は王位を譲り受けても長くは君臨できません。偉大な王として臣下を食わす財力がなければ威厳を示せません。しかも。一度与えた土地を取り上げたら従う者などいなくなります。」
「国の財政はそんなに厳しいの?」
「国ではなく王室の財政が厳しいのです。今回殿下にたまわった土地は殿下が所有している土地の半分以上です。」
「ならば私は宮殿に行き殿下にお礼申し上げなければ。」
粋嬪ハン氏は王宮に行きました。
海陽大君は粋嬪ハン氏の体調を心配しました。粋嬪は海陽大君にお礼を言うと海陽大君の足の異変に気が付きました。海陽大君は乽山君の手をつなごうとしましたが、乽山君は手を振りほどきました。
「殿下に失礼ですよ。手をつなぎなさい。」
粋嬪ハン氏は乽山君を優しく叱りました。
世祖の部屋に海陽大君と月山君と乽山君は集まりました。
「乽山君。最近はどう過ごしている?」
「心が落ち着かず読書に身が入りません。おじいさまが臥せって以来ずっとそうなのです。」
「そんなにも私を心配してくれるのか。ごほっ。ごふっ。」
「だいぶお悪いのですか。」
「いいや。少しむせてしまっただけだ。」
亀城君は世祖の具合が悪いことに心配しました。
粋嬪ハン氏は王妃に持参した茶を淹れました。
ハン昭訓はつわりがあり懐妊したことがわかりました。
粋嬪ハン氏は無理に微笑みましたがすぐに意地悪な表情になりました。
乽山君は世祖に呼んでいただければ一晩中でも揉んでさしあげると言いました。
イム尚宮が左遷されたことを粋嬪ハン氏は知りました。粋嬪ハン氏は王妃の前で嘘泣きをしました。
世祖は乽山君に肩を揉まれながら次男の海陽大君に「正しい王の心得」を説いていました。
王妃は世子の足の病はすっかり治ったと粋嬪ハン氏に嘘を言いました。
「私は田舎にでも移り住み静かに過ごそうと思います。昭訓あなたが王妃様を支えるのです。南無観世音菩薩。」
粋嬪ハン氏は心にもないことを王妃に言いました。
世祖は海陽大君に「どうだ。そろそろ国の動かし方もわかってきたろう。難しいことなどない。そなたに教えたいことが親にはたくさんある。そなたが何も学べぬまま私が世を去ったら重荷を背負わされた若い王を皆が憐れむだろう。だから私のする話を聞きなさい。第一に、常に品格ある行動をするように努めよ。妻を大事にし官僚たちを尊び賢い臣下は近くに置き愚鈍な者は遠ざけよ。遊ぶことを好む王は物事に寛大すぎてしまう。そうなると周りの者から侮られ宮中の綱紀が乱れるだろう。目下の者にも敬意を持って接し、些細な善行に対しても褒美を与え、少しでも過ちを犯したなら罰を与えよ。諫言を受け入れよ。国王というものは自分が有能だと思い込み品格ある君主だとうぬぼれ功績を上げると偉大だと慢心する。王は才能も功績もあると己を希代の聖君だと思い込むようになる。そして正しいのは常に自分だと考え臣下の言うことに耳を傾けなくなる。これでは王を諫める者がいなくなってしまう。そうなると王は周りから孤立し助言も得られず世の中の動きに疎くなり国は破滅への道を辿るだろう。ううう・・・・。人を使う時はその者の心を掴むようにせよ。もしも信頼関係を築けぬままその者の力をあてにした場合・・・ぐふぅ・・・げふっ・・・・・・。贅沢をしてはならぬ。古来より偉大な君主は茅葺の屋根と丸太づくりの家に住んでいた。そして野菜を食べ酒は口にしなかった。そなたも・・・贅沢などせずただ民のために誠実に国を治めることを考えよ。そして刑罰はなるべく控えるように。うっ・・・。国を動かすうえで大事なことは与える刑罰が重過ぎることのないように・・・ふぐっ・・・曾子(そうし)はこう教えた。たった一匹の獣を殺す時でもたった一本の木を切るときも必要な殺生を見極めねば孝とは言えぬ・・・。」
世祖は息苦しそうに倒れました。
感想
世祖の命もあと僅かとなりました。粋嬪ハン氏はいったん大人しくなり譲位にともなう粛清を受けないようにしましたね。チャサングンは母の望み通りに海陽大君を嫌うようになりました。世祖は土地の半分を粋嬪ハン氏らに与えたのにはどんな思いがあったのでしょうか。それについてはまだ物語で触れられていません。ユ・ジャグァンは危険なのでハン・ミョンフェも彼を避けて通っているようですね。ハン・ミョンフェと劣らぬ悪い策略家のようです。ああ。それと。もう貴族に与える地面がないそうですね。こんな状態でよくも王朝が長続きしましたね。粛清しなければ土地を奪えないといったところでしょうか。