刑事フォイル(シーズン1)第14話 軍事演習(後編)
WAR GAMES プロローグ
1940年10月。戦時中のイギリスでも敵国のドイツに物資を輸出するなど極秘に利敵行為をする企業があった。
「どっちが勝っても関係ない。わが社の負けはなくなった。(サイモン)」
「キャーーっ!(ビルから落ちる女性の悲鳴)」
エンパイアアンドヨーロピアン食品では女性秘書の転落事故に続いて会長のレジナルド・ウォーカーの屋敷でも盗難事件が発生。謎のドイツ人弁護士ベック。実行犯はハリー。だがハリーはウォーカーの所有地で行っていた軍事演習中に射殺されてしまった。
あらすじ本編
農家。
「兄さん?」
ルーシーは兄を探していました。
ウォーカーの敷地の小屋。
小屋の壁の前でハリーは拳銃で頭を撃たれて死んでいました。
フォイルとミルナーとサムは現場に駆けつけました。
「頭部に一発。貫通しています。事故でしょうか。」
ミルナーは言いました。
「演習中だがここは境界区域で実弾は使わないはずだ。銃声は何発だ?」
フォイルはミルナーに言いました。
「三発です。」
「ほかの二発はどこだ?」
「なぜ外したのでしょう。しかも二発。皮膚の焦げ痕から見て至近距離から撃っているのになぜ逃げなかったのでしょう。銃声は確かに三発?」
「ええ。三十秒おきに。すぐ何かあったと思ったけど来たときは・・・かわいそうに。私が境界区域の警備につけたんです。准将の指示をあなたも聞いていたんでしょう?私の責任です。」
フィルビーはフォイルとミルナーに言いました。
「警視正。驚きました。ハリーの話をしたばかりだったのに。まるで運命みたいだ。」
精悍なデブリンがフォイルに言いました。
「いやぁまったくだ。」
「遺体を見ていいですか?」
「それはやめてもらおう。」
「協力したいんです。」
「なら准将を捕らえた後君はどこへ行っていたか教えろ。」
「はぁ?まさか私が関係あるとでも?」
「一応は聞かないと。」
「・・・師団司令部へ行きいました。報告をしに行きに。」
「車で?」
「いえ。歩きで向かいました。でもこの事故のことをきいて戻ってきたんです。」
「これはなんであれ事故ではない。」
「確かに。見たらわかりました。」
「ありがと。」
「いえ。」
デブリンは去りました。
「裏を取りましょうか。」
ミルナーはフォイルに言いました。
「もちろんだ。」
「どちらに行かれます?」
サムはフォイルに尋ねました。
「マーカムの農場だ。」
農家。
フォイルが行くと、ハリーの妹のルーシーは泣きじゃくっていました。
「あなたはハリーが死んだってどうでもいいんでしょう。ハリーを刑務所に送りたいついでに法廷で嘘までついた人だもの。わかってたんでしょ?あの裁判のとき有罪の証拠なんかなかった。だからハリーに不利な証拠をでっちあげて。」
「三か月服役したのは罪をおかしたからだ。」
「目的のためならどんな手段を使ってもいいの?」
「そんなことは思ってない。」
「兄さんが死んでこれからあたしどうすればいいの。」
「力になるよ。」
「力になるってどうやって。」
「まず、ハリーを殺した奴を捕まえる。また盗みをはじめたことを知ってた?」
「いいえ。もうやめたって言ってた。」
「でもウォーカーの屋敷に盗みに入ったことは知っていたよね。」
「ええ。それには気づいてた。でも約束してくれたの。もう盗みから足を洗うって。あの日の夜、お屋敷で何かをしていたのは知っていたけど頼まれたからに決まってる。あの日の昼間に訪ねてきた男のひとがいたの。」
「顔はみた?」
「いいえ。でもこれを渡して行った。」
ルーシーは棚にあった本の中から紙切れを渡しました。
「盗んできたものをどうしたかきいてる?」
「友達に預けたって言ってた。」
「ほんとにそれだけ?」
「働き者で信用できるやつらだって言ってた。」
「心当たりはある?」
「友達っていったら刑務所に入る前に四六時中会ってた二人組がいるけど・・・。」
「名前は?」
「コナー。マイケル・コナーとアルバート・クラーク。」
警察署。ミルナーはコナーとクラークに質問していました。
「俺たちは関係ねぇよ。」
コナーは言いました。
「三回逮捕歴がある。ハリーと組んで仕事をしていたのか?フィルビーさんによればきみたちは演習の途中、森の中に消えた。ハリー・マーカムが撃ち殺されるちょうど数分前に。」
ミルナーはコナーに言いました。
「確かに消えたよ。当たり前だろ。くだらない演習であちこち歩き回るなんてうんざりだ。」
「ハリーなんか見てねぇし近寄ってねぇ。」
「その前に殴る蹴るしていただろう。」
「あれは意見に食い違いってやつだ。」
「また組もうとしたのか?」
「ああ。まあね。でもそういったらはっきり断られた。盗みをやめたからって。」
「信じなかったのか?」
「あんただってハリーがウォーカーの屋敷に侵入したのは知ってるだろう。」
「あいつ以外いねぇし。」
「ああ。俺たちは関係ない。あんたには何の証拠もないはずだ。さあ。どうする気かな。また証拠をでっちあげて今度は判事が気づかないことを祈るか?」
「・・・・・・。」
ミルナーは部屋を出ていきました。
エンパイアアンドヨーロピアン食品のビル。
「会長。お話しがあります。」
フィルビーがレジナルト・ウォーカーの部屋に入ってきました。
「今忙しいのに。なんだ。フィルビー。」
「ハリー・マーカムのことでお話しがあるんです。」
「どうしたんだ。」
「殺されたんだ。会長の所有地で。私が警備を命じたせいで。」
「誰かが演習中に誤射でもしたんだろう。」
「警察はそうは言っていません。」
「フィルビー。しばらく休みをとったらどうだ。ストレスがたまってるみたいだぞ。」
「それはスイスでのビジネス件で・・・・・・。」
「そうだろうな。でも法律違反ではないしどこも悪くない。」
「そうでしょうか。」
「では違うというのか。」
「いえ。」
「フィルビー。君はいいやつだ。戦争が終われば莫大な富も得る。もっと広い視野で物事を見ろ。そうだ。ちょうど君にいい仕事がある。パターソン君。電話をつないでもらえないか。」
フォイルはスティーブン・ベックに来ました。
「クリストファー。」
「スティーブン。」
「何の用だ?」
「ハリー・マーカム。」
「マーカム?彼のことはよく覚えてる。君だって忘れていないだろ?」
「最近会っただろう。」
「ああ。そうだな。三四日前だったかな。農場まで会いに行った。」
「どうしてだ。」
「そんなこと聞かなくたってわかるだろ。」
「去年のことをいったんじゃない。死に至る足取りを順に追っているんだ。」
「つまり殺人事件の捜査かな?」
「そうだ。」
「ああ。マーカムを気にかけていたのはどうしてるか心配だったからだ。出所してからは折に触れて会うようにしていた。」
「じゃあこれを聞いたら驚くだろう。君と会った日の夜にハリーは実業家の家に盗みに入った。」
「あ。ああ。それは驚いた。」
「私も傷つくよ。君は嘘をついても見抜かれるはずなんかないと思ってるのか。」
「・・・・・・わかった。マーカムには私が頼んだんだ。」
境界の公園のベンチ。
「私がドイツを出たのは1935年の2月。正直にいうともし国にとどまっていたら殺されただろう。私がナチスを批判する発言をしてきたことで結局は告発されてね。それから私はずっと戦い続けてきた。私が集めているのはナチスと親密なイギリスの実業家の情報だ。特にサー・レジナルド・ウォーカー。エンパイアアンドヨーロピアン食品が何をしているか知っているか?」
「マーガリンの会社だろ?」
「そうだ。ほかにもいろいろ作っているだろうけど今はマーガリンに話をしぼろう。ドイツは食糧を輸入しようにも輸入先がなくなっていて食用油脂が不足しているんだ。油脂がなければさまざまな食品が作れなくなるし料理も作れない。せっけんも洗剤も作れなくなる。食糧も作れない。もちろんマーガリンも作れない。何より食糧が供給されなければすべてがダメになる。国民を食べさせられなければ戦争には勝てない。さて、一週間前、サイモン・ウォーカーがスイスのジュネーブを訪れナチスの国家弁務官付き親衛隊将校と交渉した。」
「そうか。でも・・・ウィーカーが今でもドイツと取引をしているとみなされたら利敵行為とみなされ刑務所送りになるぞ?」
「それには証拠がいる。」
「それでマーカムを使ったのか。」
「そうだ。」
「証拠ってなんだ?」
「一通の文章だ。サイモン・ウォーカーがスイスから持ち帰った。合意書だよ。エンパイアアンドヨーロピアン食品とナチスとのね。しかしその合意書の内容は実質的にはサー・レジナルド・ウォーカーが結んだ貿易協定なんだ。第三国と。」
「なぜそのことを知った?」
「ふっ・・・それはどうでもいい。見せたいものがある。」
スティーブンは墓に案内しました。
「妻のアナだ。」
墓標にはアナ・ベック1936年3月12日享年55と書かれていました。
「今まで黙ってたけど私の息子は君の息子と同い年だ。でも息子はドイツに残った。実は・・・・・・ナチスに心酔している。」
「気の毒に。」
「同情はいいんだクリストファー。それより理解してほしい。道義的にはいけないとわかっていてもつい突っ走ってしまうことを。」
「その文書は証拠として十分なのか。」
「そう信じている。」
「ハリーは何かを見つけたのか。」
「わからない。でも何か見つけたはずだ。奴らはそれを取り戻そうとハリーを殺した。」
エンパイアアンドヨーロピアン食品の会長の部屋。
「本当に殺人なのか。ちょうど演習が行われていた。事故の可能性もある。」
サー・レジナルド・ウォーカーはフォイルに言いました。
「状況から考えて事故の可能性はありません。」
「しかし私とは何の関係もなかろう。」
「実はおおありでして先日お宅に盗みに入ったのはマーカムなんです。」
「なるほど。」
「肩の後ろに銃の痕がありました。息子さんが空に向けて撃ったといったのは嘘だったんですね。」
「真っ暗だったから何も見えなかったということだ。言葉に気を付けてもらいたいね。息子は嘘などついていない。」
「納得できないんですよ。なぜ通報しなかったのか。」
「もう説明したはずだ。」
「もしかして金庫からある書類を盗まれたんじゃないですか?」
「書類?」
「息子さんのスイス行きと関係がある。」
「何も盗まれていない。そういっただろう。フォイルさん。はっきり言っておこう。みんな戦っているが私は違う。ビジネスは戦争なんかよりずっとでかい。ドイツと関係を持っているイギリスの会社は多い。中には有名企業もある。石油、食品、自動車、知ってるか?ナチスがパリに侵攻してからフランスにおける自動車の売り上げは伸びている。ロンドンを空襲する爆撃機、その爆撃機を設計したのは味方と思っていた人々だ。戦争なんぞ関係ない。私も君と関係ない。ビジネスは途切れなく続く。」
「ご高説、ありがとうございます。国防市民軍に参加していた役員のフィルビーさんとお話ししたいのですが。」
「それは残念。少し前に出発したよ。ちょっとの差でね。」
紙を回収していた子供たちはレジナルド・ウォーカーの屋敷の兵を上っていました。
「裏へ回らないと。」
「なんで?」
「だって金持ちの家に行くときは裏へまわれっていわれるじゃないか。」
「サム隊長に言われたろ?」
「なんて?」
「ふほうれんにゅうするなって。」
「ふほうれんにゅう?」
「ふほうしんにゅうだったかな。」
「不法侵入じゃないよ。あんなに紙を焼いちゃったらもったいないぞ。もっと資源を回収しないと一等にはなれないぞ。よし。行こう。お前は待っていろ。」
子供たちは一番小さい女の子を置いて兵を乗り越え紙を燃やしているところに行きました。
レジナルド・ウォーカーの屋敷の中。
「ほんとに焼いちゃっていいの?」
「もともと記録は残したくなかったからだ。」
「戦後困らない?」
「スイスに写しがある。これも焼け。」
レジナルド・ウォーカーは息子のサイモンとともに文書を破棄していました。
「怖気づいたの?」
「そうじゃない。でも危険を感じるんだ。フォイルがまた来た。マーカムの件で。お前は関係ないんだろうな。」
「もちろんだ。死なれて困ってる。」
「まったくだ。」
「何してるの?」
アリスは夫に訪ねました。
「別に。」
レジナルド・ウォーカーの屋敷の庭。
子供たちはウォーカーの目を盗んで紙を盗んでいました。
「まだあるか?」
レジナルドは息子に言いました。
「もう終わったよ。」
「たき火に子供たちを招待してやったの?」
窓から外を見ていたアリスはレジナルドに言いました。
「サイモン。だからお前は。止めろ!」
「どうやって。」
「犬を放して追わせろ。」
「なにいってるの。相手は小さな子供よ。」
「泥棒だ。自分の所有物を守って何が悪い。」
「でも犬を放すなんて。」
「お前はわかってない!」
「ええ!わかりません!書類が何で大事なの?」
「前から言ってるだろ!バカが!お前は仕事に口出しするな。」
アリスとレジナルドは口論しました。
二匹の猟犬が放たれ子供たちを追いかけました。
「早く走れ。早く早く走れ。がんばれ。」
ブライアンはティムたちに言いました。
「がんばってる。」
「いいからもっと早く走れ。」
「犬に気を付けて。犬。犬が来るよ。」
「早くのぼれ。」
「わかってるよ。ああ。紙が。」
「紙はいいから。」
「ああ。痛いよ・・・・・・。」
ティムの左足から血が出ていました。
図書館。
「悪いけど、これ以上は待てないわ。」
ティルダ夫人がスティーブン・ベックに言いました。
「私のイギリスでの務めももうすぐ終わりそうだ。出発は?」
「土曜の夜。戦争はあなたの予定に合わせられるなら喜んで合わせられるけど残念ながらそういうわけには・・・・。」
「これは予定どうこうの話じゃない。レジナルド・ウォーカーと息子のサイモンは私の人生をむちゃくちゃにしたんだ。」
「でもほかの人たちにも危険が及ぶ。ドイツまで飛行機であなたを送る人出迎える人助けてくれる人たちに。」
「わかっている。」
「・・・これ以上は待てないの。」
「ひとつだけ約束してくれ。ウォーカー親子のことだ。絶対にあきらめるな。」
「この事件はフォイル警視正がなさっているんでしょ?」
「そうだ。」
「だったら大丈夫よ。」
警察署のフォイルの部屋。
「わかったか。」
フォイルは部屋に入ってきたミルナーに訪ねました。
「わかりました。銃声がする前のデブリンの動きを市民軍に確かめました。十分間の空白がありました。供述通り、師団司令部に行ったかもしれませんが引き返したかも。」
「そうか。これを見ろ。」
フォイルは新聞のスクラップをミルナーに見せました。
「ロンドンで秘書が転落死・・・・・・。」
「エンパイアアンドヨーロピアン食品から秘書が落ちた。探ってみてくれ。」
「父親はヘイスティングズ在住。」
「あたってくれ。」
サムは車で資源回収の子供たちのところに行きました。
「安心しろ。もう大丈夫だ。」
ブライアンはティムを乳母車に乗せて励ましました。
サムが車から降りてきました。
「ひどい怪我。見せて。」
ティムの足は犬に噛まれて血まみれでした。
「う~。名誉の負傷だ。」
サムはティムの頭に手を乗せました。
「はい。隊長。」
ティムは痛みを我慢していました。
「紙の回収中にやられたの?」
「そうなんだ。ウォーカーさんのお屋敷で犬をけしかけられた。ドイツ犬を。」
ブライアンがサムに答えました。
「どーべるまん。」
ティムは言いました。
「ドーベルマン?ご両親に言った?」
「まさか。この傷を見たらなんていわれるか。」
「でも話さなければね。さ。車に乗りましょ。」
レジナルド・ウォーカーの屋敷の階段。
「さっきは君にあんな口の利き方をして申訳なかった。子供が大丈夫かどうか確かめて必要なら見舞金なりなんなり出そう。感情のコントロールをなくしてしまって。もう二度としない。」
「なくしたのは感情じゃなくて仮面でしょ。文明人の仮面。」
妻のアリスは夫に失望しました。
裁判所の法廷。
「ミルナー巡査部長?正面に立ったから覚えてますよ。ベルトが凶器の考察事件。」
ブライアンはミルナーに言いました。
「今日は娘さんのことで来ました。お気の毒に。」
「お話しすることはありません。」
「エンパイアアンドヨーロピアン食品で秘書をなさってましたね。」
「そうです。」
「そして事故で。」
「事故ってことになってますね。」
「そうは思わないと?」
「私はずっと司法で仕事をしてきました。警察が捜査して事故っていうなら受け入れるしかありません。でもアグネスが窓から落ちずはずがありません。高いところが苦手で窓が開いていたら近づくはずがない。」
「それを警察に言いましたか。」
「もちろん言いました。だけど相手は大企業です。サー・レジナルド・ウォーカーだ。警察も面倒は避けたい。」
「誰かに相談は?」
「ベックにしました。でも何もできないと言われた。証拠もないし目撃者もいない。そういわれたらもう。」
「ベックと娘さんは知り合い?」
「募集広告をベックが見つけアグネスにすすめた。とても親しい仲でしたよ。二人は。ベックのせいじゃない。それはわかっているけどベックと出会わなければ死なずにすんだのに。」
ブライアンは悲しそうでした。
「ありがと。」
警察署。
「遅れてすみません。」
サムはフォイルに言いました。
「どこにいた。」
「病院です。」
「平気か。」
「ええ。私じゃなくてティムです。資源回収隊がウォーカーさんのお屋敷に忍び込んだらなんと犬をけしかけられて足を噛まれたんです。」
「何をしたんだ。」
「紙を回収です。燃やしているからもったいないって取りに行ったら怒鳴られて。」
「それのありかを知てるか?」
「はい。」
紙の回収場所。
「ブライアン。忙しいか。」
フォイルはブライアンに言いました。
「ティムが犬に噛まれてたいへんだった。」
「そうだったな。君たちが屋敷から取ってきた紙を見つけたいんだけど場所はわかる?」
「いいえ。」
「いっぱいあるから。」
「もう回収に出しちゃったかな。」
「まだ。一番いっぱい資源を貯めた人が一等賞なんだ。小出しにしたら勝てないよ。」
「その辺にためたかわかる?」
「うん。来て。こっちだよ。」
「足は大丈夫?」
「うん。平気だよ。」
子供たちは倉庫にフォイルとミルナーとサムを案内しました。
「これなら一等賞間違いなし。」
「チョコレートも決まり。」
「よし始めよう。」
フォイルは文書を探しました。
農家。ルーシーはひとりでニンジンの仕分けをしていました。ルーシーは胸のはだけたワンピースを着ていました。
「ルーシー。」
サイモンはルーシーに声を掛けました。
「ウォーカーさん。」
「お兄さんのことをきいてお悔やみに来たんだ。お父さんに続いてたいへんだったな。僕にできることがあれば言って。」
「おちゃでもいかが。」
ルーシーはサイモンを部屋に案内しました。
「すごく言いにくいことだけど、農場の支払いが遅れてる。半年分支払われてない。」
「私ここを出ていきますから。」
「だからといって借金は消えない。もちろん無理をいうつもりはないよ。大変な時だからね。」
「どうすればいいんですか。だってお金なんかないんです。」
「僕が力になる。ルーシー。もしかしてみてないか。」
「何を。」
「お兄さんが何か見慣れないものを持っていなかったか。」
「知らない。」
「小さな箱なんだ。そんなに高価なものじゃないんだけど母の形見なんだ。この前屋敷から盗まれて。」
「兄が犯人だって決まったわけでは・・・・・・。」
「それは決まったわけじゃないけどそうみたいじゃないか。」
「私は何も見ていません。」
「僕は君の力になりたい。なのにひどいな。地代は払わなくてもいい。これからも支えになる。」
サイモンはルーシーのあらわになった肩を両手でもむと、背後からルーシーの耳に口を近づけました。
「ただし小箱を返せ。もしあれを売ろうとしたら君もハリーみたいになるぞ。」
サイモンはルーシーの首をつかんで天井を向かせるとルーシーの唇に唇を重ねました。
ルーシーは口を手で覆いました。
「お茶ごちそうさま。」
ルーシーは震えました。
レジナルド・ウォーカーの屋敷の倉庫。
「サイモン?」
レジナルドは薄暗い秘密の部屋で息子の名前を呼びました。
「ここで何をしている。」
「暇をつぶしている。」
部屋の中にはカギ十字の旗がいくつもありました。
「ドアを開けっぱなしのままここへ来ちゃいかん。」
「奥さんにバレたら大変だから?彼女ならさっき出て行った。僕がタクシーに乗せたよ。置手紙は机の上だ。もっとドイツで過ごしたかったな。母さんも気に入ってた。戦前家族で過ごした休暇は楽しかったな。父さん。今の父さんからは強さが感じられない。新しいイギリスを作るのは僕たち強い人間だ。」
スティーブン・ベックの事務所。
「国を出るのか。」
フォイルはベックに言いました。
「ああ。そうだ。」
「探し物はこれか。」
フォイルはベックに文書を渡しました。
「内容はわかるかな?」
しばらく絶句した後でベックはフォイルに問いました。
「私のドイツ語の実力ではだめだ。」
「合意文書。新たな食品開発に協力する見返りとして第三国は没収したすべての資産をエンパイアアンドヨーロピアン食品に返還することをここに約束する。これほど明白な証拠はない。」
「そのようだ。」
「どうやって手に入れた。」
「結構・・・苦労したぞ。」
「ふん。ありがとう。」
「いや。ありがとう。」
ベックはフォイルに文書を返しました。
「職責としては君を見逃すことはできない。」
「どういうことだ。」
「盗みをそそのかすことは法律違反だし、君が盗みに入らせた青年は殺害された。」
「私は殺してない。」
「しかしハリーの死には君には責任がある。エンパイアアンドヨーロピアンに秘書として送り込んだアグネス・ブラウンの転落しにもだ。どうやら大勢の人が君と知り合って命を落としているようだ。」
「言っただろ。私は戦っている。」
「だから何をしても倫理的に許されるのか。それならナチスと同じだ。」
「私には使命がある。」
「罪を犯せば償わなければならない。君が償わなくていいというなら理由を教えろ。」
「いいだろう。納得させるまでやってやる。いいだろう。一緒に来てくれ。」
スティーブン・ベックはフォイルをある部屋に連れていきました。部屋の窓側に女性が絶っていました。
「こちらの女性はヒルダ・ピアース。といっても本名かどうかは知らない。今の私の上司だ。」
ベックは女性を紹介しました。
「フォイルさん。」
「話してもいいかな。」
「だめです。」
「この際打ち明けようじゃないか。彼女が所属するのはこの国ではまだ新しい組織で簡単にいうなら敵地での工作活動を担当する組織だ。私をドイツに送り返すのは私が今でも共産主義者や社会主義者と人脈を保っているからで任務はレジスタンスを組織すること。」
「彼の出発は明日の夜よ。」
「私はもうイギリスには戻ってこられないだろう。私のようなスパイは明日をも知れぬ身だ。」
「あの文章は?」
フォイルはベックに言いました。
「あれはこの人に託してくれ。全幅の信頼を置ける人だから。もう一つ話しておきたいことがある。君にも話したとおり、祖国を追われたのはナチスを批判していると告発されたからだ。告発したのは私の息子だ。息子をたきつけたのはイギリス人の青年だ。彼はナチスよりさらに過激で反ユダヤ主義的な思想をもっていた。そのイギリス人こそサイモン・ウォーカーだ。これでわかってくれたかな。君は大切な友人だ。もう一緒に釣りができないと思うと残念だよ。君のことは忘れない。」
「・・・・・・お願いします。」
ベックが去るとフォイルはヒルダに文書を渡しました。
ヘイスティング警察署のフォイル警視正の部屋。デブリン准将はフォイルに別れの挨拶に来ていました。
「部隊に戻ります。北アフリカに戻る予定です。」
「武運を祈る。」
「光栄です。最後にひとつ。マーカムは・・・気の毒でした。」
「死んだことがか?それとも半年前のことか?」
「謝る必要がありますか?」
「君はどう思う。」
「奴は有罪です。」
「確かに不法侵入ではな。しかし窃盗については起訴を取り下げた。」
「取り下げ?」
「そうだ。」
「なぜです?」
「一度は証拠品として提出したネックレスを取り下げたからだ。」
「誰がです?」
「私だ。」
「なぜ?」
「・・・なぜなら・・・デブリン。そのネックレスをマーカムが押し入った被害者宅から持ち出してマーカムの家に置いておいたのは君だからだ。有罪にしたいあまりの行動だろうがかえってマーカムを無罪にするところだった。君は司法を捻じ曲げた。さらに言えばマーカムはまだ生きていたかもしれない。君があんな真似をしなければ。」
「・・・・・・!裁判のとき私はフランスでしたけど、なぜ黙ってたんです。」
「法廷でも言わない。君にも言うまいと決めていた。マーカムが罪を犯したのは事実だったし、君は入隊して警察からはいなくなる。暴露して何になる。」
「訴えてもよかった。」
「まあね。」
「今からでも。」
「まあね。・・・もう行く時間だろ。そろそろ。」
「失礼。」
デブリンはフォイルに敬礼すると部屋を出て行きました。
教会の礼拝。
フォイルとヒルダは皆と一緒に讃美歌を歌っていました。
「ホブゴブリンも邪悪な鬼も彼の心をくじいたりしない。彼は知っている。最後には永遠の命を受け継ぐことを。そう知れば気まぐれは飛び去る。他の人が何を言おうが気にしない。夜も昼も働く巡礼者になるため。アーメン。」
「私は今日の礼拝をスティーブン・ベックさんに捧げたいと思います。よく教会のオルガンを弾いてくれました。残念ですが先日突然出立されました。ご家族が病気だそうです。寂しくなります。」
牧師はスピーチをしました。
「デブリンはまた戻ったそうですね。容疑者なのに。」
ミルナーはフォイルに言いました。
「いや。デブリンはもう外していいだろう。君の座は安泰だ。」
「じゃあ一等賞だったのか?」
牧師は子供たちの偉業に驚いてあげました。
「そうなんです。商品はチョコレート。」
サムが説明をしてあげました。
「もう食べちゃった。」
「ミツバチみたいにいっぱい働いたもんね。」
「うん。」
「行こう。」
「さようなら。」
「フォイルさん。残念なお知らせがあるの。」
ヒルダはフォイルを呼び止めました。
「ベック?」
「いえ。彼は無事だけど。例の文書が。」
「どうしたのですか?」
「ダメだった。普通ならあれで十分なはずなのに、ウォーカーは私たちが思っていたよりずっと賢かった。ナチスから莫大な利益を得ているのは事実。でも同時にその立場を利用できるってイギリス政府を説得済みだった。たいした情報なんか流さないくせに政府からは黙認。ちゃんとした筋に頼ったけど彼らは動いてくれなかった。」
「じゃあ非常識とはいえ政府のお墨付きで敵と商売できるってこと?」
「政府内に協力者がいるかもしれない。そんなのただの紙切れって言われた。不十分だって。」
「ほかに何がいるんです?」
「それは言ってなかった。でもほかに証拠がでてこない限りウォーカーは野放しのまま。」
「ありがとうございます。知らせてくださって。」
「ベックを思えば当然のこと。それにあなたならあきらめないと思って。ウォーカーには味方がいる。でも私たちのように彼を嫌う人間もいるはず。」
農家。
ルーシーは鉢の巣箱を取り出していました。フォイルとサムはその様子を見守っていました。
「何かあります。どうしてわかったんですか。」
「私の運転手が気づかせてくれてね。」
「私が?」
サムは心当たりがありませんでした。
「ああ。ハリーが君に言い残したことに。」
「私に?友達に預けたことしか聞いてません。」
ルーシーはフォイルに言いました。
「どんな友達だっけ?」
「・・・・・・働き蜂!」
ウォーカーの屋敷。
ルーシーはサイモンに小箱を渡しに行きました。
「どこにあった?」
「鉢の巣箱の中に。家族が死んだら蜂にも教えるのが習わしだから。兄のことを伝えに巣箱に行ったらあったんです。」
「誰かに話した?」
「いいえ。高価なものじゃないけどとってもきれい。」
「それは思い出の品でね。返してくれてありがとう。」
レジナルド・ウォーカーはルーシーに言いました。
「じゃあ失礼します。」
ルーシーは屋敷を出ました。
「これさえ取り戻せばもう安心だ。」
サイモンはレジナルドに言いました。
「うまくいくかな。」
フォイルはルーシーの心配をしていました。
「うまくいかないはずがありません。」
ミルナーはフォイルを慰めました。
ウォーカーの屋敷は警察に囲まれていました。
「出てきた。」
ルーシーが無事屋敷から出てきました。
フォイルとミルナーはウォーカーの屋敷に乗り込みました。
「フォイルさん。断りもせずいきなり何の用だ!」
「お宅から盗まれた物が無事に戻ったことを確かめに来ました。息子さんを逮捕します。ハリー・マーカムとアグネス・ブラウン殺害容疑で。」
「何を言っているんだ!まったくばかげている。」
「どういうことだ。僕は殺していません。ハリーに死なれたら困るのに。」
「困るならそれを盗まれてたからでしょう。」
「証拠があります?」
「あなたが証拠だ。演習の日、本部で会ったとき私に会いに来たと言ったね。でも君が捜していたのはハリーだ。」
演習の日の回想。
「人員が足りないそうだまったく。だから君の部下を演習地であるウォーカー家の森の外に置け。」
ハーコートはフィルビーに命令をしていました。その様子をサイモン・ウォーカーが聞いていました。
「はい。」
「一般市民を通すな。森の中では実弾を使う予定だからな。」
「わかりました。」
「君は私がいることを知らなかったから驚いた。隠そうとしていたけどね。君は捜しに来たのはハリーとフィルビーだ。君はフィルビーにハリーを森の警備につけるように言った。そうすればハリーは一人になるし、居場所もわかる。フィルビーにとって君は雇い主だ。従うほかあるまい。だがその証言はハリーの死と君を結びつける。だからフィルビーを飛ばしたんだけどフィルビーは今どこに?」
「アメリカ支社で勤務している。」
レジナルドはフォイルに言いました。
「ハリーはうちに盗みに入った奴だけど僕には殺す理由はない。」
「殺す気はなかったんだろうね。あの日はあちこちでゲームが行われていた。演習で実弾と空砲が使われているように、君も実弾と空砲でゲームをした。」
演習の日の回想。
「よおハリー。」
サイモンは一発目をハリーに向けて発砲しました。しかし銃は空砲でした。サイモンは銃に弾をこめました。
「ウォーカーさん。」
ハリーはライフルを取ろうとしました。
「やめとけ。さっきのは空砲だけど今込めたのは実弾だ。」
「それで、なにをするんです。」
「ロシアンルーレットだ。確率は六分の一。」
サイモンは二発目の銃を発砲しました。銃から弾は発射せずに大きな音だけがしました。
「ラッキー。」
「何するんだ!」
「金庫から盗んだ小箱はどこだ。教えないといつまでも幸運は続かないぞ。」
「誤解ですよ。俺じゃない。」
「次の一発は本物かもしれないぞ。」
「撃つはずがない。」
「盗んだのは俺じゃない。誤解ですから。」
「勝負師だな君は。」
「サイモン、よせよ。」
三発目の銃弾の音。
「殺す気はなかっただろう。しかし小箱の隠し場所を聞き出す前に実弾が発射されてしまった。三十秒おきに三発。壁の穴は一つ。実弾は一発だけでほかの二発は空砲。ハリーの顔に痕がついただけ。」
「サイモン。」
レジナルドはサイモンを見ました。
「全部大当たりだ。」
「殺したのか。」
「今言われたようにその気はなかった。でも僕は強い。僕がいなくてもドイツは勝つし僕たちは英雄だ。」
「アグネス・ブラウンを突き落として殺したのも君だ。」
フォイルはサイモンに言いました。
「これ以上こんな話はするな!」
レジナルドは叫びました。
「ああ僕が殺した。彼女が電話しているのが聞こえてきたからだ。僕がドイツで学んだことはそれだ。邪魔者は排除するしヒトラーは天才だ。ある意味世界一のビジネスマンでもある。」
「ではウォーカーさん。」
ミルナーはサイモンを連れていきました。
「サイモンが・・・・・・まさか、あの子が・・・・・・。」
レジナルドはソファに座り込みました。
「奥様は?」
「家を出て行った。」
「今日はさんざんでしたね。奥様にご子息。ビジネスも。」
「ビジネスもって?」
「あれは何ですか?」
フォイルは小箱を示しました。
「贈り物だ。」
「どういう贈り物ですか。」
「あれは純金製でわが社に対し・・・貿易協定を締結した感謝の印に贈られたものだ。」
「どちらから?」
「貿易局からだ。」
「ドイツの貿易局?」
「そうだ。」
「盗まれたことを公表しなかったのは・・・?」
「息子が税関で申告しなかったからだ。息子がこれをスイスから持ち帰ったのは数週間前だ。」
「おっしゃるとおりこれは純金製でつい最近申告なしで申し込まれたものだ。それに直接の送り主は貿易局かもしれませんがこれをあなたの贈るよう手配したのは第三帝国の財産移転局ではありませんか。財産移転局とはナチスが没収した財産を管理する機関です。これはユダヤ人の職人のイェレミアス・ツォーベルが十八世紀にフランクフルトで作ったもので六週間前まではローテンベルクというユダヤ人一家が祈祷書を入れるために使っていました。一家は四人全員射殺され家の中のものはナチスに略奪された。ナチスがそういう蛮行で手に入れた金品をあなたが受け取っていたことが世間に知れればあなたも・・・あなたの会社もおしまいでしょう。」
「・・・・・・。」
「ビジネスより大切なものもあります。」
「私を逮捕しないのか?」
「大事な友人にかわってお伝えします。もうその必要はないでしょう。」
フォイルはウォーカーの屋敷を出まると、屋敷の中から銃声がしました。
「彼を頼む。」
ミルナーは屋敷の中に行きました。
「父さん。」
「おいどこへ行く。お前は護送車の中にいろ。」
「父さーん。」
ウォーカーの敷地の小屋。
小屋の壁の前でハリーは拳銃で頭を撃たれて死んでいました。
フォイルとミルナーとサムは現場に駆けつけました。
「頭部に一発。貫通しています。事故でしょうか。」
ミルナーは言いました。
「演習中だがここは境界区域で実弾は使わないはずだ。銃声は何発だ?」
フォイルはミルナーに言いました。
「三発です。」
「ほかの二発はどこだ?」
「なぜ外したのでしょう。しかも二発。皮膚の焦げ痕から見て至近距離から撃っているのになぜ逃げなかったのでしょう。銃声は確かに三発?」
「ええ。三十秒おきに。すぐ何かあったと思ったけど来たときは・・・かわいそうに。私が境界区域の警備につけたんです。准将の指示をあなたも聞いていたんでしょう?私の責任です。」
フィルビーはフォイルとミルナーに言いました。
「警視正。驚きました。ハリーの話をしたばかりだったのに。まるで運命みたいだ。」
精悍なデブリンがフォイルに言いました。
「いやぁまったくだ。」
「遺体を見ていいですか?」
「それはやめてもらおう。」
「協力したいんです。」
「なら准将を捕らえた後君はどこへ行っていたか教えろ。」
「はぁ?まさか私が関係あるとでも?」
「一応は聞かないと。」
「・・・師団司令部へ行きいました。報告をしに行きに。」
「車で?」
「いえ。歩きで向かいました。でもこの事故のことをきいて戻ってきたんです。」
「これはなんであれ事故ではない。」
「確かに。見たらわかりました。」
「ありがと。」
「いえ。」
デブリンは去りました。
「裏を取りましょうか。」
ミルナーはフォイルに言いました。
「もちろんだ。」
「どちらに行かれます?」
サムはフォイルに尋ねました。
「マーカムの農場だ。」
農家。
フォイルが行くと、ハリーの妹のルーシーは泣きじゃくっていました。
「あなたはハリーが死んだってどうでもいいんでしょう。ハリーを刑務所に送りたいついでに法廷で嘘までついた人だもの。わかってたんでしょ?あの裁判のとき有罪の証拠なんかなかった。だからハリーに不利な証拠をでっちあげて。」
「三か月服役したのは罪をおかしたからだ。」
「目的のためならどんな手段を使ってもいいの?」
「そんなことは思ってない。」
「兄さんが死んでこれからあたしどうすればいいの。」
「力になるよ。」
「力になるってどうやって。」
「まず、ハリーを殺した奴を捕まえる。また盗みをはじめたことを知ってた?」
「いいえ。もうやめたって言ってた。」
「でもウォーカーの屋敷に盗みに入ったことは知っていたよね。」
「ええ。それには気づいてた。でも約束してくれたの。もう盗みから足を洗うって。あの日の夜、お屋敷で何かをしていたのは知っていたけど頼まれたからに決まってる。あの日の昼間に訪ねてきた男のひとがいたの。」
「顔はみた?」
「いいえ。でもこれを渡して行った。」
ルーシーは棚にあった本の中から紙切れを渡しました。
「盗んできたものをどうしたかきいてる?」
「友達に預けたって言ってた。」
「ほんとにそれだけ?」
「働き者で信用できるやつらだって言ってた。」
「心当たりはある?」
「友達っていったら刑務所に入る前に四六時中会ってた二人組がいるけど・・・。」
「名前は?」
「コナー。マイケル・コナーとアルバート・クラーク。」
警察署。ミルナーはコナーとクラークに質問していました。
「俺たちは関係ねぇよ。」
コナーは言いました。
「三回逮捕歴がある。ハリーと組んで仕事をしていたのか?フィルビーさんによればきみたちは演習の途中、森の中に消えた。ハリー・マーカムが撃ち殺されるちょうど数分前に。」
ミルナーはコナーに言いました。
「確かに消えたよ。当たり前だろ。くだらない演習であちこち歩き回るなんてうんざりだ。」
「ハリーなんか見てねぇし近寄ってねぇ。」
「その前に殴る蹴るしていただろう。」
「あれは意見に食い違いってやつだ。」
「また組もうとしたのか?」
「ああ。まあね。でもそういったらはっきり断られた。盗みをやめたからって。」
「信じなかったのか?」
「あんただってハリーがウォーカーの屋敷に侵入したのは知ってるだろう。」
「あいつ以外いねぇし。」
「ああ。俺たちは関係ない。あんたには何の証拠もないはずだ。さあ。どうする気かな。また証拠をでっちあげて今度は判事が気づかないことを祈るか?」
「・・・・・・。」
ミルナーは部屋を出ていきました。
エンパイアアンドヨーロピアン食品のビル。
「会長。お話しがあります。」
フィルビーがレジナルト・ウォーカーの部屋に入ってきました。
「今忙しいのに。なんだ。フィルビー。」
「ハリー・マーカムのことでお話しがあるんです。」
「どうしたんだ。」
「殺されたんだ。会長の所有地で。私が警備を命じたせいで。」
「誰かが演習中に誤射でもしたんだろう。」
「警察はそうは言っていません。」
「フィルビー。しばらく休みをとったらどうだ。ストレスがたまってるみたいだぞ。」
「それはスイスでのビジネス件で・・・・・・。」
「そうだろうな。でも法律違反ではないしどこも悪くない。」
「そうでしょうか。」
「では違うというのか。」
「いえ。」
「フィルビー。君はいいやつだ。戦争が終われば莫大な富も得る。もっと広い視野で物事を見ろ。そうだ。ちょうど君にいい仕事がある。パターソン君。電話をつないでもらえないか。」
フォイルはスティーブン・ベックに来ました。
「クリストファー。」
「スティーブン。」
「何の用だ?」
「ハリー・マーカム。」
「マーカム?彼のことはよく覚えてる。君だって忘れていないだろ?」
「最近会っただろう。」
「ああ。そうだな。三四日前だったかな。農場まで会いに行った。」
「どうしてだ。」
「そんなこと聞かなくたってわかるだろ。」
「去年のことをいったんじゃない。死に至る足取りを順に追っているんだ。」
「つまり殺人事件の捜査かな?」
「そうだ。」
「ああ。マーカムを気にかけていたのはどうしてるか心配だったからだ。出所してからは折に触れて会うようにしていた。」
「じゃあこれを聞いたら驚くだろう。君と会った日の夜にハリーは実業家の家に盗みに入った。」
「あ。ああ。それは驚いた。」
「私も傷つくよ。君は嘘をついても見抜かれるはずなんかないと思ってるのか。」
「・・・・・・わかった。マーカムには私が頼んだんだ。」
境界の公園のベンチ。
「私がドイツを出たのは1935年の2月。正直にいうともし国にとどまっていたら殺されただろう。私がナチスを批判する発言をしてきたことで結局は告発されてね。それから私はずっと戦い続けてきた。私が集めているのはナチスと親密なイギリスの実業家の情報だ。特にサー・レジナルド・ウォーカー。エンパイアアンドヨーロピアン食品が何をしているか知っているか?」
「マーガリンの会社だろ?」
「そうだ。ほかにもいろいろ作っているだろうけど今はマーガリンに話をしぼろう。ドイツは食糧を輸入しようにも輸入先がなくなっていて食用油脂が不足しているんだ。油脂がなければさまざまな食品が作れなくなるし料理も作れない。せっけんも洗剤も作れなくなる。食糧も作れない。もちろんマーガリンも作れない。何より食糧が供給されなければすべてがダメになる。国民を食べさせられなければ戦争には勝てない。さて、一週間前、サイモン・ウォーカーがスイスのジュネーブを訪れナチスの国家弁務官付き親衛隊将校と交渉した。」
「そうか。でも・・・ウィーカーが今でもドイツと取引をしているとみなされたら利敵行為とみなされ刑務所送りになるぞ?」
「それには証拠がいる。」
「それでマーカムを使ったのか。」
「そうだ。」
「証拠ってなんだ?」
「一通の文章だ。サイモン・ウォーカーがスイスから持ち帰った。合意書だよ。エンパイアアンドヨーロピアン食品とナチスとのね。しかしその合意書の内容は実質的にはサー・レジナルド・ウォーカーが結んだ貿易協定なんだ。第三国と。」
「なぜそのことを知った?」
「ふっ・・・それはどうでもいい。見せたいものがある。」
スティーブンは墓に案内しました。
「妻のアナだ。」
墓標にはアナ・ベック1936年3月12日享年55と書かれていました。
「今まで黙ってたけど私の息子は君の息子と同い年だ。でも息子はドイツに残った。実は・・・・・・ナチスに心酔している。」
「気の毒に。」
「同情はいいんだクリストファー。それより理解してほしい。道義的にはいけないとわかっていてもつい突っ走ってしまうことを。」
「その文書は証拠として十分なのか。」
「そう信じている。」
「ハリーは何かを見つけたのか。」
「わからない。でも何か見つけたはずだ。奴らはそれを取り戻そうとハリーを殺した。」
エンパイアアンドヨーロピアン食品の会長の部屋。
「本当に殺人なのか。ちょうど演習が行われていた。事故の可能性もある。」
サー・レジナルド・ウォーカーはフォイルに言いました。
「状況から考えて事故の可能性はありません。」
「しかし私とは何の関係もなかろう。」
「実はおおありでして先日お宅に盗みに入ったのはマーカムなんです。」
「なるほど。」
「肩の後ろに銃の痕がありました。息子さんが空に向けて撃ったといったのは嘘だったんですね。」
「真っ暗だったから何も見えなかったということだ。言葉に気を付けてもらいたいね。息子は嘘などついていない。」
「納得できないんですよ。なぜ通報しなかったのか。」
「もう説明したはずだ。」
「もしかして金庫からある書類を盗まれたんじゃないですか?」
「書類?」
「息子さんのスイス行きと関係がある。」
「何も盗まれていない。そういっただろう。フォイルさん。はっきり言っておこう。みんな戦っているが私は違う。ビジネスは戦争なんかよりずっとでかい。ドイツと関係を持っているイギリスの会社は多い。中には有名企業もある。石油、食品、自動車、知ってるか?ナチスがパリに侵攻してからフランスにおける自動車の売り上げは伸びている。ロンドンを空襲する爆撃機、その爆撃機を設計したのは味方と思っていた人々だ。戦争なんぞ関係ない。私も君と関係ない。ビジネスは途切れなく続く。」
「ご高説、ありがとうございます。国防市民軍に参加していた役員のフィルビーさんとお話ししたいのですが。」
「それは残念。少し前に出発したよ。ちょっとの差でね。」
紙を回収していた子供たちはレジナルド・ウォーカーの屋敷の兵を上っていました。
「裏へ回らないと。」
「なんで?」
「だって金持ちの家に行くときは裏へまわれっていわれるじゃないか。」
「サム隊長に言われたろ?」
「なんて?」
「ふほうれんにゅうするなって。」
「ふほうれんにゅう?」
「ふほうしんにゅうだったかな。」
「不法侵入じゃないよ。あんなに紙を焼いちゃったらもったいないぞ。もっと資源を回収しないと一等にはなれないぞ。よし。行こう。お前は待っていろ。」
子供たちは一番小さい女の子を置いて兵を乗り越え紙を燃やしているところに行きました。
レジナルド・ウォーカーの屋敷の中。
「ほんとに焼いちゃっていいの?」
「もともと記録は残したくなかったからだ。」
「戦後困らない?」
「スイスに写しがある。これも焼け。」
レジナルド・ウォーカーは息子のサイモンとともに文書を破棄していました。
「怖気づいたの?」
「そうじゃない。でも危険を感じるんだ。フォイルがまた来た。マーカムの件で。お前は関係ないんだろうな。」
「もちろんだ。死なれて困ってる。」
「まったくだ。」
「何してるの?」
アリスは夫に訪ねました。
「別に。」
レジナルド・ウォーカーの屋敷の庭。
子供たちはウォーカーの目を盗んで紙を盗んでいました。
「まだあるか?」
レジナルドは息子に言いました。
「もう終わったよ。」
「たき火に子供たちを招待してやったの?」
窓から外を見ていたアリスはレジナルドに言いました。
「サイモン。だからお前は。止めろ!」
「どうやって。」
「犬を放して追わせろ。」
「なにいってるの。相手は小さな子供よ。」
「泥棒だ。自分の所有物を守って何が悪い。」
「でも犬を放すなんて。」
「お前はわかってない!」
「ええ!わかりません!書類が何で大事なの?」
「前から言ってるだろ!バカが!お前は仕事に口出しするな。」
アリスとレジナルドは口論しました。
二匹の猟犬が放たれ子供たちを追いかけました。
「早く走れ。早く早く走れ。がんばれ。」
ブライアンはティムたちに言いました。
「がんばってる。」
「いいからもっと早く走れ。」
「犬に気を付けて。犬。犬が来るよ。」
「早くのぼれ。」
「わかってるよ。ああ。紙が。」
「紙はいいから。」
「ああ。痛いよ・・・・・・。」
ティムの左足から血が出ていました。
図書館。
「悪いけど、これ以上は待てないわ。」
ティルダ夫人がスティーブン・ベックに言いました。
「私のイギリスでの務めももうすぐ終わりそうだ。出発は?」
「土曜の夜。戦争はあなたの予定に合わせられるなら喜んで合わせられるけど残念ながらそういうわけには・・・・。」
「これは予定どうこうの話じゃない。レジナルド・ウォーカーと息子のサイモンは私の人生をむちゃくちゃにしたんだ。」
「でもほかの人たちにも危険が及ぶ。ドイツまで飛行機であなたを送る人出迎える人助けてくれる人たちに。」
「わかっている。」
「・・・これ以上は待てないの。」
「ひとつだけ約束してくれ。ウォーカー親子のことだ。絶対にあきらめるな。」
「この事件はフォイル警視正がなさっているんでしょ?」
「そうだ。」
「だったら大丈夫よ。」
警察署のフォイルの部屋。
「わかったか。」
フォイルは部屋に入ってきたミルナーに訪ねました。
「わかりました。銃声がする前のデブリンの動きを市民軍に確かめました。十分間の空白がありました。供述通り、師団司令部に行ったかもしれませんが引き返したかも。」
「そうか。これを見ろ。」
フォイルは新聞のスクラップをミルナーに見せました。
「ロンドンで秘書が転落死・・・・・・。」
「エンパイアアンドヨーロピアン食品から秘書が落ちた。探ってみてくれ。」
「父親はヘイスティングズ在住。」
「あたってくれ。」
サムは車で資源回収の子供たちのところに行きました。
「安心しろ。もう大丈夫だ。」
ブライアンはティムを乳母車に乗せて励ましました。
サムが車から降りてきました。
「ひどい怪我。見せて。」
ティムの足は犬に噛まれて血まみれでした。
「う~。名誉の負傷だ。」
サムはティムの頭に手を乗せました。
「はい。隊長。」
ティムは痛みを我慢していました。
「紙の回収中にやられたの?」
「そうなんだ。ウォーカーさんのお屋敷で犬をけしかけられた。ドイツ犬を。」
ブライアンがサムに答えました。
「どーべるまん。」
ティムは言いました。
「ドーベルマン?ご両親に言った?」
「まさか。この傷を見たらなんていわれるか。」
「でも話さなければね。さ。車に乗りましょ。」
レジナルド・ウォーカーの屋敷の階段。
「さっきは君にあんな口の利き方をして申訳なかった。子供が大丈夫かどうか確かめて必要なら見舞金なりなんなり出そう。感情のコントロールをなくしてしまって。もう二度としない。」
「なくしたのは感情じゃなくて仮面でしょ。文明人の仮面。」
妻のアリスは夫に失望しました。
裁判所の法廷。
「ミルナー巡査部長?正面に立ったから覚えてますよ。ベルトが凶器の考察事件。」
ブライアンはミルナーに言いました。
「今日は娘さんのことで来ました。お気の毒に。」
「お話しすることはありません。」
「エンパイアアンドヨーロピアン食品で秘書をなさってましたね。」
「そうです。」
「そして事故で。」
「事故ってことになってますね。」
「そうは思わないと?」
「私はずっと司法で仕事をしてきました。警察が捜査して事故っていうなら受け入れるしかありません。でもアグネスが窓から落ちずはずがありません。高いところが苦手で窓が開いていたら近づくはずがない。」
「それを警察に言いましたか。」
「もちろん言いました。だけど相手は大企業です。サー・レジナルド・ウォーカーだ。警察も面倒は避けたい。」
「誰かに相談は?」
「ベックにしました。でも何もできないと言われた。証拠もないし目撃者もいない。そういわれたらもう。」
「ベックと娘さんは知り合い?」
「募集広告をベックが見つけアグネスにすすめた。とても親しい仲でしたよ。二人は。ベックのせいじゃない。それはわかっているけどベックと出会わなければ死なずにすんだのに。」
ブライアンは悲しそうでした。
「ありがと。」
警察署。
「遅れてすみません。」
サムはフォイルに言いました。
「どこにいた。」
「病院です。」
「平気か。」
「ええ。私じゃなくてティムです。資源回収隊がウォーカーさんのお屋敷に忍び込んだらなんと犬をけしかけられて足を噛まれたんです。」
「何をしたんだ。」
「紙を回収です。燃やしているからもったいないって取りに行ったら怒鳴られて。」
「それのありかを知てるか?」
「はい。」
紙の回収場所。
「ブライアン。忙しいか。」
フォイルはブライアンに言いました。
「ティムが犬に噛まれてたいへんだった。」
「そうだったな。君たちが屋敷から取ってきた紙を見つけたいんだけど場所はわかる?」
「いいえ。」
「いっぱいあるから。」
「もう回収に出しちゃったかな。」
「まだ。一番いっぱい資源を貯めた人が一等賞なんだ。小出しにしたら勝てないよ。」
「その辺にためたかわかる?」
「うん。来て。こっちだよ。」
「足は大丈夫?」
「うん。平気だよ。」
子供たちは倉庫にフォイルとミルナーとサムを案内しました。
「これなら一等賞間違いなし。」
「チョコレートも決まり。」
「よし始めよう。」
フォイルは文書を探しました。
農家。ルーシーはひとりでニンジンの仕分けをしていました。ルーシーは胸のはだけたワンピースを着ていました。
「ルーシー。」
サイモンはルーシーに声を掛けました。
「ウォーカーさん。」
「お兄さんのことをきいてお悔やみに来たんだ。お父さんに続いてたいへんだったな。僕にできることがあれば言って。」
「おちゃでもいかが。」
ルーシーはサイモンを部屋に案内しました。
「すごく言いにくいことだけど、農場の支払いが遅れてる。半年分支払われてない。」
「私ここを出ていきますから。」
「だからといって借金は消えない。もちろん無理をいうつもりはないよ。大変な時だからね。」
「どうすればいいんですか。だってお金なんかないんです。」
「僕が力になる。ルーシー。もしかしてみてないか。」
「何を。」
「お兄さんが何か見慣れないものを持っていなかったか。」
「知らない。」
「小さな箱なんだ。そんなに高価なものじゃないんだけど母の形見なんだ。この前屋敷から盗まれて。」
「兄が犯人だって決まったわけでは・・・・・・。」
「それは決まったわけじゃないけどそうみたいじゃないか。」
「私は何も見ていません。」
「僕は君の力になりたい。なのにひどいな。地代は払わなくてもいい。これからも支えになる。」
サイモンはルーシーのあらわになった肩を両手でもむと、背後からルーシーの耳に口を近づけました。
「ただし小箱を返せ。もしあれを売ろうとしたら君もハリーみたいになるぞ。」
サイモンはルーシーの首をつかんで天井を向かせるとルーシーの唇に唇を重ねました。
ルーシーは口を手で覆いました。
「お茶ごちそうさま。」
ルーシーは震えました。
レジナルド・ウォーカーの屋敷の倉庫。
「サイモン?」
レジナルドは薄暗い秘密の部屋で息子の名前を呼びました。
「ここで何をしている。」
「暇をつぶしている。」
部屋の中にはカギ十字の旗がいくつもありました。
「ドアを開けっぱなしのままここへ来ちゃいかん。」
「奥さんにバレたら大変だから?彼女ならさっき出て行った。僕がタクシーに乗せたよ。置手紙は机の上だ。もっとドイツで過ごしたかったな。母さんも気に入ってた。戦前家族で過ごした休暇は楽しかったな。父さん。今の父さんからは強さが感じられない。新しいイギリスを作るのは僕たち強い人間だ。」
スティーブン・ベックの事務所。
「国を出るのか。」
フォイルはベックに言いました。
「ああ。そうだ。」
「探し物はこれか。」
フォイルはベックに文書を渡しました。
「内容はわかるかな?」
しばらく絶句した後でベックはフォイルに問いました。
「私のドイツ語の実力ではだめだ。」
「合意文書。新たな食品開発に協力する見返りとして第三国は没収したすべての資産をエンパイアアンドヨーロピアン食品に返還することをここに約束する。これほど明白な証拠はない。」
「そのようだ。」
「どうやって手に入れた。」
「結構・・・苦労したぞ。」
「ふん。ありがとう。」
「いや。ありがとう。」
ベックはフォイルに文書を返しました。
「職責としては君を見逃すことはできない。」
「どういうことだ。」
「盗みをそそのかすことは法律違反だし、君が盗みに入らせた青年は殺害された。」
「私は殺してない。」
「しかしハリーの死には君には責任がある。エンパイアアンドヨーロピアンに秘書として送り込んだアグネス・ブラウンの転落しにもだ。どうやら大勢の人が君と知り合って命を落としているようだ。」
「言っただろ。私は戦っている。」
「だから何をしても倫理的に許されるのか。それならナチスと同じだ。」
「私には使命がある。」
「罪を犯せば償わなければならない。君が償わなくていいというなら理由を教えろ。」
「いいだろう。納得させるまでやってやる。いいだろう。一緒に来てくれ。」
スティーブン・ベックはフォイルをある部屋に連れていきました。部屋の窓側に女性が絶っていました。
「こちらの女性はヒルダ・ピアース。といっても本名かどうかは知らない。今の私の上司だ。」
ベックは女性を紹介しました。
「フォイルさん。」
「話してもいいかな。」
「だめです。」
「この際打ち明けようじゃないか。彼女が所属するのはこの国ではまだ新しい組織で簡単にいうなら敵地での工作活動を担当する組織だ。私をドイツに送り返すのは私が今でも共産主義者や社会主義者と人脈を保っているからで任務はレジスタンスを組織すること。」
「彼の出発は明日の夜よ。」
「私はもうイギリスには戻ってこられないだろう。私のようなスパイは明日をも知れぬ身だ。」
「あの文章は?」
フォイルはベックに言いました。
「あれはこの人に託してくれ。全幅の信頼を置ける人だから。もう一つ話しておきたいことがある。君にも話したとおり、祖国を追われたのはナチスを批判していると告発されたからだ。告発したのは私の息子だ。息子をたきつけたのはイギリス人の青年だ。彼はナチスよりさらに過激で反ユダヤ主義的な思想をもっていた。そのイギリス人こそサイモン・ウォーカーだ。これでわかってくれたかな。君は大切な友人だ。もう一緒に釣りができないと思うと残念だよ。君のことは忘れない。」
「・・・・・・お願いします。」
ベックが去るとフォイルはヒルダに文書を渡しました。
ヘイスティング警察署のフォイル警視正の部屋。デブリン准将はフォイルに別れの挨拶に来ていました。
「部隊に戻ります。北アフリカに戻る予定です。」
「武運を祈る。」
「光栄です。最後にひとつ。マーカムは・・・気の毒でした。」
「死んだことがか?それとも半年前のことか?」
「謝る必要がありますか?」
「君はどう思う。」
「奴は有罪です。」
「確かに不法侵入ではな。しかし窃盗については起訴を取り下げた。」
「取り下げ?」
「そうだ。」
「なぜです?」
「一度は証拠品として提出したネックレスを取り下げたからだ。」
「誰がです?」
「私だ。」
「なぜ?」
「・・・なぜなら・・・デブリン。そのネックレスをマーカムが押し入った被害者宅から持ち出してマーカムの家に置いておいたのは君だからだ。有罪にしたいあまりの行動だろうがかえってマーカムを無罪にするところだった。君は司法を捻じ曲げた。さらに言えばマーカムはまだ生きていたかもしれない。君があんな真似をしなければ。」
「・・・・・・!裁判のとき私はフランスでしたけど、なぜ黙ってたんです。」
「法廷でも言わない。君にも言うまいと決めていた。マーカムが罪を犯したのは事実だったし、君は入隊して警察からはいなくなる。暴露して何になる。」
「訴えてもよかった。」
「まあね。」
「今からでも。」
「まあね。・・・もう行く時間だろ。そろそろ。」
「失礼。」
デブリンはフォイルに敬礼すると部屋を出て行きました。
教会の礼拝。
フォイルとヒルダは皆と一緒に讃美歌を歌っていました。
「ホブゴブリンも邪悪な鬼も彼の心をくじいたりしない。彼は知っている。最後には永遠の命を受け継ぐことを。そう知れば気まぐれは飛び去る。他の人が何を言おうが気にしない。夜も昼も働く巡礼者になるため。アーメン。」
「私は今日の礼拝をスティーブン・ベックさんに捧げたいと思います。よく教会のオルガンを弾いてくれました。残念ですが先日突然出立されました。ご家族が病気だそうです。寂しくなります。」
牧師はスピーチをしました。
「デブリンはまた戻ったそうですね。容疑者なのに。」
ミルナーはフォイルに言いました。
「いや。デブリンはもう外していいだろう。君の座は安泰だ。」
「じゃあ一等賞だったのか?」
牧師は子供たちの偉業に驚いてあげました。
「そうなんです。商品はチョコレート。」
サムが説明をしてあげました。
「もう食べちゃった。」
「ミツバチみたいにいっぱい働いたもんね。」
「うん。」
「行こう。」
「さようなら。」
「フォイルさん。残念なお知らせがあるの。」
ヒルダはフォイルを呼び止めました。
「ベック?」
「いえ。彼は無事だけど。例の文書が。」
「どうしたのですか?」
「ダメだった。普通ならあれで十分なはずなのに、ウォーカーは私たちが思っていたよりずっと賢かった。ナチスから莫大な利益を得ているのは事実。でも同時にその立場を利用できるってイギリス政府を説得済みだった。たいした情報なんか流さないくせに政府からは黙認。ちゃんとした筋に頼ったけど彼らは動いてくれなかった。」
「じゃあ非常識とはいえ政府のお墨付きで敵と商売できるってこと?」
「政府内に協力者がいるかもしれない。そんなのただの紙切れって言われた。不十分だって。」
「ほかに何がいるんです?」
「それは言ってなかった。でもほかに証拠がでてこない限りウォーカーは野放しのまま。」
「ありがとうございます。知らせてくださって。」
「ベックを思えば当然のこと。それにあなたならあきらめないと思って。ウォーカーには味方がいる。でも私たちのように彼を嫌う人間もいるはず。」
農家。
ルーシーは鉢の巣箱を取り出していました。フォイルとサムはその様子を見守っていました。
「何かあります。どうしてわかったんですか。」
「私の運転手が気づかせてくれてね。」
「私が?」
サムは心当たりがありませんでした。
「ああ。ハリーが君に言い残したことに。」
「私に?友達に預けたことしか聞いてません。」
ルーシーはフォイルに言いました。
「どんな友達だっけ?」
「・・・・・・働き蜂!」
ウォーカーの屋敷。
ルーシーはサイモンに小箱を渡しに行きました。
「どこにあった?」
「鉢の巣箱の中に。家族が死んだら蜂にも教えるのが習わしだから。兄のことを伝えに巣箱に行ったらあったんです。」
「誰かに話した?」
「いいえ。高価なものじゃないけどとってもきれい。」
「それは思い出の品でね。返してくれてありがとう。」
レジナルド・ウォーカーはルーシーに言いました。
「じゃあ失礼します。」
ルーシーは屋敷を出ました。
「これさえ取り戻せばもう安心だ。」
サイモンはレジナルドに言いました。
「うまくいくかな。」
フォイルはルーシーの心配をしていました。
「うまくいかないはずがありません。」
ミルナーはフォイルを慰めました。
ウォーカーの屋敷は警察に囲まれていました。
「出てきた。」
ルーシーが無事屋敷から出てきました。
フォイルとミルナーはウォーカーの屋敷に乗り込みました。
「フォイルさん。断りもせずいきなり何の用だ!」
「お宅から盗まれた物が無事に戻ったことを確かめに来ました。息子さんを逮捕します。ハリー・マーカムとアグネス・ブラウン殺害容疑で。」
「何を言っているんだ!まったくばかげている。」
「どういうことだ。僕は殺していません。ハリーに死なれたら困るのに。」
「困るならそれを盗まれてたからでしょう。」
「証拠があります?」
「あなたが証拠だ。演習の日、本部で会ったとき私に会いに来たと言ったね。でも君が捜していたのはハリーだ。」
演習の日の回想。
「人員が足りないそうだまったく。だから君の部下を演習地であるウォーカー家の森の外に置け。」
ハーコートはフィルビーに命令をしていました。その様子をサイモン・ウォーカーが聞いていました。
「はい。」
「一般市民を通すな。森の中では実弾を使う予定だからな。」
「わかりました。」
「君は私がいることを知らなかったから驚いた。隠そうとしていたけどね。君は捜しに来たのはハリーとフィルビーだ。君はフィルビーにハリーを森の警備につけるように言った。そうすればハリーは一人になるし、居場所もわかる。フィルビーにとって君は雇い主だ。従うほかあるまい。だがその証言はハリーの死と君を結びつける。だからフィルビーを飛ばしたんだけどフィルビーは今どこに?」
「アメリカ支社で勤務している。」
レジナルドはフォイルに言いました。
「ハリーはうちに盗みに入った奴だけど僕には殺す理由はない。」
「殺す気はなかったんだろうね。あの日はあちこちでゲームが行われていた。演習で実弾と空砲が使われているように、君も実弾と空砲でゲームをした。」
演習の日の回想。
「よおハリー。」
サイモンは一発目をハリーに向けて発砲しました。しかし銃は空砲でした。サイモンは銃に弾をこめました。
「ウォーカーさん。」
ハリーはライフルを取ろうとしました。
「やめとけ。さっきのは空砲だけど今込めたのは実弾だ。」
「それで、なにをするんです。」
「ロシアンルーレットだ。確率は六分の一。」
サイモンは二発目の銃を発砲しました。銃から弾は発射せずに大きな音だけがしました。
「ラッキー。」
「何するんだ!」
「金庫から盗んだ小箱はどこだ。教えないといつまでも幸運は続かないぞ。」
「誤解ですよ。俺じゃない。」
「次の一発は本物かもしれないぞ。」
「撃つはずがない。」
「盗んだのは俺じゃない。誤解ですから。」
「勝負師だな君は。」
「サイモン、よせよ。」
三発目の銃弾の音。
「殺す気はなかっただろう。しかし小箱の隠し場所を聞き出す前に実弾が発射されてしまった。三十秒おきに三発。壁の穴は一つ。実弾は一発だけでほかの二発は空砲。ハリーの顔に痕がついただけ。」
「サイモン。」
レジナルドはサイモンを見ました。
「全部大当たりだ。」
「殺したのか。」
「今言われたようにその気はなかった。でも僕は強い。僕がいなくてもドイツは勝つし僕たちは英雄だ。」
「アグネス・ブラウンを突き落として殺したのも君だ。」
フォイルはサイモンに言いました。
「これ以上こんな話はするな!」
レジナルドは叫びました。
「ああ僕が殺した。彼女が電話しているのが聞こえてきたからだ。僕がドイツで学んだことはそれだ。邪魔者は排除するしヒトラーは天才だ。ある意味世界一のビジネスマンでもある。」
「ではウォーカーさん。」
ミルナーはサイモンを連れていきました。
「サイモンが・・・・・・まさか、あの子が・・・・・・。」
レジナルドはソファに座り込みました。
「奥様は?」
「家を出て行った。」
「今日はさんざんでしたね。奥様にご子息。ビジネスも。」
「ビジネスもって?」
「あれは何ですか?」
フォイルは小箱を示しました。
「贈り物だ。」
「どういう贈り物ですか。」
「あれは純金製でわが社に対し・・・貿易協定を締結した感謝の印に贈られたものだ。」
「どちらから?」
「貿易局からだ。」
「ドイツの貿易局?」
「そうだ。」
「盗まれたことを公表しなかったのは・・・?」
「息子が税関で申告しなかったからだ。息子がこれをスイスから持ち帰ったのは数週間前だ。」
「おっしゃるとおりこれは純金製でつい最近申告なしで申し込まれたものだ。それに直接の送り主は貿易局かもしれませんがこれをあなたの贈るよう手配したのは第三帝国の財産移転局ではありませんか。財産移転局とはナチスが没収した財産を管理する機関です。これはユダヤ人の職人のイェレミアス・ツォーベルが十八世紀にフランクフルトで作ったもので六週間前まではローテンベルクというユダヤ人一家が祈祷書を入れるために使っていました。一家は四人全員射殺され家の中のものはナチスに略奪された。ナチスがそういう蛮行で手に入れた金品をあなたが受け取っていたことが世間に知れればあなたも・・・あなたの会社もおしまいでしょう。」
「・・・・・・。」
「ビジネスより大切なものもあります。」
「私を逮捕しないのか?」
「大事な友人にかわってお伝えします。もうその必要はないでしょう。」
フォイルはウォーカーの屋敷を出まると、屋敷の中から銃声がしました。
「彼を頼む。」
ミルナーは屋敷の中に行きました。
「父さん。」
「おいどこへ行く。お前は護送車の中にいろ。」
「父さーん。」
感想
今回の話はこれまでの中で最も重厚なストーリーになりましたね。イギリスの諜報機関とそこで働く不幸そうにしている人たち(笑)が出てきたりしてドイツに富のためにイギリスを裏切り人殺しをした会社。ナチスの蛮行に加担するイギリスの貴族のビジネスマンはもう最悪の悪ですね。フォイルの息子のアンドリューが出てくるとその場が和んでしまうのですが、今回はアンドリューもいなかったので緊張した内容になりました。貴族の支配下にあったルーシーとハリーは可哀想な人たちでしたね。広大な土地を支配していたらその貴族たちは地面を手放す必要もないし売る気もないからイギリスの農民や職人は奴隷に近い状態だったことが想像できますね。ブライアン少年やティムたちはかわいらしかったですね。