王と妃 109話 ハン・ミョンフェの進言
あらすじ
孝寧大君の家に滞在している首陽大君は元老たちを呼び墓の相談をしました。
シン・スクチュたちは墓探しの命令をお考え直しくださいと世祖に泣きつきました。
ハン・ミョンフェは涼しい顔をして何も言いませんでした。
「殿下は五十歳を過ぎたばかりでございます。お顔色もよい殿下が生前墓を作るなどと・・・。」
シン・スクチュは泣きました。
チョン・インジは「死ぬべきは殿下ではなくこの年よりでございます。私のような老人が墓の用意をするのは当然ですが、殿下が生前墓をご用意なされば民も驚きますのでおやめください」と言いました。
ク・チグァンも同じ意見だといいました。
「獣は自分が死ぬ日を予知するというではないか。」
「殿下。それでは殿下の体調がお戻りになられたらご自分で墓地をお選びになればよいではありませんか。」
ク・チグァンは言いました。
チョン・チャンソンもそうだといいました。
世祖は上党君(サンダングン、ハン・ミョンフェ)に意見を求めました。
「私は困惑のあまりひたすら言葉を失っておりました。癸酉靖難の時の気概はどこへ行かれたのでしょうか。病魔に負け弱気なことを言ってはなりません。あっけに取られておりました。肉体の病はいやせても心の病に打ち勝つのは誠に難しいようですね。」
「心の病だと?つまり私が正気を失ったといいたいのか。」
「殿下。」
「私にはそう聞こえた。」
「殿下。きょうここに集まった者たちは殿下と苦楽をともにした臣下でございます。殿下が本当に死を予感なさっているなら老臣たちと墓の相談をしている場合ではありません。この国の将来を語り合うべきではございませんか。」
「・・・。」
「殿下。殿下は年若い亀城君を領議政の座に就けて世子殿下の補佐をお命じになりました。国の重要な事柄を未熟な若者に任せて墓などとつまらぬことを老臣に相談なさるとは。」
「つまらぬことだと?私が永眠する地を選ぶことがつまらぬことだと?王の葬儀を行うことがそんなにつまらぬことなのか!」
世祖はハン・ミョンフェに怒鳴りました。
「私は殿下とともに粛清に参加した時に死を恐れませんでした。たとえ失敗して自分の肉体が引き裂かれ首を斬られても平気でした。私は国の将来を案じ義憤に駆られていたのです。殿下。殿下が世子様の将来を案じられ私を冥途の道連れにされたいなら喜んでお供いたします。恐ろしくなどありません。殿下と一緒ならどこにでもまいります。ですが殿下。本当に世子様の将来を案じておられるなら私たちに世子様のことをお任せください。私たちは生きている限り殿下の顧命に背きません。」
「殿下。上党君が言ったことはもっともでございます。」
ク・チグァンが言いました。
「心にもないことを言うな!皆帰るがよい。」
世祖は元老たちに怒鳴りました。
「ハン大監はよく言ってくださった。私も口から出かかりました。若造たちは政権を握り私たちのような老人には墓を選べとは。何か不満でも?」
チョン・チャンソンは調子のよいことを言いました。
「そなたは不満はないだろう。娘婿が右議政ならこれからも左うちわで暮らせるからな。」
チョン・インジは言いました。
「分別のある方がそんな嫌味を言うとは。」
チョン・チャンソンは怒りました。
「これだから我々は殿下に信用されぬのです。」
ク・チグァンは言いました。
「墓地選びを命じられたのならついでに自分の墓地でも選ぶとするか。」
チョン・インジは言いました。
「確かにお迎えが来てもよい頃だ。」
チョン・チャンソンは咳ばらいをしました。
「私に言いたいことでもあるのか?」
ハン・ミョンフェはシン・スクチュに言いました。
「そなたは心の中で殿下を恨んでいると思ってた。」
「私は殿下と憎しみや情を分け合ってきた。はっはっはっは。はっはっはっは。」
世祖の部屋。
「ハン・ミョンフェの言ったことは誤りか?どう考えてみてもハン・ミョンフェの言葉は正しい。私は生死をともにしてきた功臣を警戒していた。それでは獣と変わらぬではないか。チョン内官。なぜこんなことになった。私は世継ぎのことしか頭になかった。恥ずべきことではないか。癸酉靖難の時は私はただ国の将来を案じて粛清を行ったのだ。なのになぜこんな有様になってしまったのだ。」
世祖は手ぬぐいで涙を拭いました。
「殿下。功臣たちを信じ頼りになさるべきかと。」
「上党君は私を許してくれるか?上党君は私を冷笑していた。私が頼めば彼は冥途へでも喜んで言ってくれるだろう。そんなミョンフェを私は疑い冷遇してしまった。彼はどれほど傷ついただろう。」
世祖は号泣しました。
チョン内官も涙を流しました。
殿下が泣いている知らせは王妃ユン氏のもとにも届きました。
「おかわいそうに。」
「殿下は上党君と特別な間柄ですから。」
孝寧大君は王妃に言いました。
「悪縁です。殿下は彼の補佐で王になれましたが殿下に親族を殺させたのも上党君ではありませんか。」
「殿下が結ばれた悪縁ゆえ殿下が始末をつけるべきでしょう。」
粋嬪ハン氏の家。
「上党君は正論を述べられました。殿下は激怒もなさらずにお顔を背けて黙って聞いておられたのです。」
ハン・チヒョンは粋嬪に言いました。粋嬪ハン氏は世祖が自分たちを気にかけているかハン・チヒョンに尋ねました。ハン・チヒョンは「媽媽の頼みを断れぬから避けておいでなのでしょう」と言いました。粋嬪ハン氏は泣きました。
ハン・ミョンフェが世祖を叱った噂は内外に広まったとヒャンイはハン・ミョンフェに言いました。そこに役人が来て王命を持ってきました。
「父上。大殿別監が早く来るようにと言ってます。」
部屋の外から息子がハン・ミョンフェを呼びました。
「殿下がおいでになります。大監は殿下をお迎えするようにとの王命でございます。」
別監はそれだけ言うと馬で去りました。
ハン・ミョンフェは泣いて喜びました。
世祖と王妃ユン氏は正装して輿に乗りハン・ミョンフェの家に現れました。ハン・ミョンフェは朝服に着替えて世祖を出迎えました。
チョン・ドゥンニムは粋嬪ハン氏に上党君の家に世祖と王妃が来たと伝えました。
「上党君が再び信任を得られたようです。おめでとうございます媽媽。」
上党君(サンダングン、ハン・ミョンフェ)の庭では役人たちに酒と食事がふるまわれました。
「昔そなたはみすぼらしい藁ぶきの家に住んでいた。ところが今は帝王もうらやむような立派な屋敷に住んでいる。これだから功臣たちは権力を手放したがらぬのだな。」
世祖はハン・ミョンフェに言いました。
「ここはファンボ・インが住んでいた家でございます。殿下がくださったのをお忘れですか。殿下に賜った土地と家だけで何不自由なく暮らせます。」
「袖の下は受けておらぬという意味か?」
「少々受け取りましたが。」
「少しではなかろう。飛ぶ鳥落とす勢いだったそなたではないか。」
「殿下の王位の簒奪にくらべれば私の不正などかわいいものです。」
「言葉が過ぎますよ。」
王妃はハン・ミョンフェに言いました。
「いや構わぬ。上党君の言う通り私は王位を簒奪した人間だ。ほっほっほっほ。ふっはっはっは。」
亀城君はユ・ジャグァンから世祖がハン・ミョンフェの家に言った知らせを受けました。
「私の言った通りでしょう。誰よりも上党君に気を付けるようにと。」
亀城君は世子(海陽大君)のところに行きました。
キム・ジル(世宗と文宗と端宗と元老を裏切った男w)は世子にナム・イを兵曹判書にするように頼んでいました。海陽大君は父に頼みづらいというと、亀城君は自分が頼むといいました。世子は具合が悪そうでした。
亀城君はキム・ジルに世子はいつから額に脂汗をかいていたか尋ね世子の政務の負担を自分に任せて減らすように言いました。
夜。領議政の亀城君はハン・ミョンフェの家に行きました。
「上党君がこそ泥なら私は大泥棒だはっはっはっは。」
世祖の声が部屋の中から聞こえてきました。
亀城君は世祖のいる部屋に入りました。
「座りなさい。お前も飲みなさい。上党君に世子のことを頼んでいたのだ。」
「殿下。至急許しを得たいのです。殿下がご病気なので兵曹の役割が重大です。」
「そういうことは世子と相談して決めよ。」
「殿下がご検討のうえ裁可をください。」
亀城君はチョン内官に人事を渡しました。
世祖はそれを読みました。
「ユン・ジャウンを八道軍籍使(パルトクンジョクサ、全国の軍籍から抜けている者を捜し出す官職)にしたいのか。」
「はい殿下。」
「兵曹判書にするにはナム・イは若すぎる。」
「兵権を任せられる者はほかにはおりません。」
「世子にそのとうりにせよと言え。」
「殿下。」
ハン・ミョンフェは声を出しました。
「上党君は私とともに冥途に行くと申したな。」
「はい殿下。」
「ならば酒を飲んでくれ。」
「殿下。お酒がお過ぎでは?」
「ぞんぶんに飲み腹ごしらえもしておかねば冥途への旅はつらいであろう。」
「ならば殿下。ひとつお願いがございます。私は先に冥途に旅立ちます。殿下は後からおいでください。」
「一緒に旅立とう。」
「私があちらの様子を見てから殿下がおいでになったほうがよいでしょう。」
「あ。あ。そなたというやつは。まったく口の達者な奴だ。はっはっはっは。はっはっはっは。」
世祖は喜びました。
亀城君は王妃に会いました。
「媽媽。明日には王宮にお戻りください。」
「上党君の家にいたほうが殿下のお体にはよいようです。」
「媽媽。申訳ありませんがもし殿下が上党君の家で亡くなれば問題です。ハン・ミョンフェが顧命を受けるのではないですか?」
世祖はハン・ミョンフェと酒を飲み続けました。
「ふっふっふっふ。飲もう。」
亀城君が庭に出ると兵士たちまで酒を飲んでいました。
粋嬪ハン氏は喪服から普通の服に着替え笑いました。
「心配無用です。大殿内官が吉報を持ってくるでしょう。」
桂陽君夫人は妹に言いました。
イムは王命を待っていましたが誰も粋嬪の家に現れませんでした。
「まだ王命が出ないのですか?」
イム尚宮は上党君の家に行き内官に尋ねました。
乽山君は母に抱き着きました。
「今夜王命が来なくても明日はあるのでは?もう泣かないでください。私が王になったら母上が支えてください。」
「王になっても私のことを覚えていてくれる?」
「もちろんです。母上の御恩は忘れません。」
「私のことを忘れないで。私はわが子のことが心配で血を吐くような苦労をしてきたのよ。命がけで育ててきたのだから。そうですとも。私を忘れないで。」
粋嬪は乽山君を抱きしめました。
「殿下。お疲れですか。このくらいにしてお休みになりますか。」
ハン・ミョンフェはすっかり酔った世祖に言いました。
「何を言っておる。まだだいじょうぶだ。空が白むまで飲み明かすつもりだ。」
「大殿尚宮を呼べ。」
「いや。私は癸酉靖難を起こした逆臣を全員赦免しようと思う。キム・ジョンソとファンボ・インは家系が断絶してしまった。ゆえに・・・家系まで断絶させることはなかった。そうではないか。」
「家系は断絶しておりません。殿下。逆臣の中には身を隠した者もおりますし、身分を落とされて奴婢になった者もおります。」
「パク・ペンニョンとソン・サンムンの子孫もか?きっと生きておるか?」
「殿下。」
「この間はソン・ヒョンスの夢を見た。私は彼の親族まで殺してしまった。ひどいことをしてしまった。私は彼らの親族を殺しておきながら自分はのうのうと生きて息子の将来を案じておる。ミョンフェよ。彼らを赦免すれば贖罪になるか?」
「それでお気が済まれるならなさってください。」
「キム・ジョンソとファンボ・インの子孫を探しても問題ないか?」
「はい。殿下。」
「ソン・サンムンとパク・ペンニョンらの家族を探してもソン・サンムンがよみがえりまた謀反を企てたりせぬな?」
「・・・。」
「彼らの家族を赦免してもよいか?」
「そうなさってください。」
「そうすれば心が安らぎそうだ。それでも冥途への道中悔いは尽きぬだろうな。南無観世音菩薩・・・。う・・・うっ・・・うっ・・・無駄だろうな。償いにはならぬだろう。あまりに多くの人間を殺しすぎた。念仏を唱え血の涙を流したからといって死んだ人間がよみがえり許してくれるものか。今更情けをかけたところで手遅れだ。だが罰は十分受けたではないか。息子を失った。息子の妻と孫も失った。私は弟を殺したうえほかの兄弟も病気で死んだ。臨灜と私を残してな。だから相応の罰は受けたのではないか。」
世祖は酒を酌みましたが酒はもうありませんでした。
「殿下。」
「意識がなくなるほど酔いたいのに酔えぬ。チョン・ギュン。酒を持ってこさせろ。私がこの世の酒という酒を飲みほしてみせるぞ。」
「殿下。どうして殿下は死んだ者に和解を求め生きている者を傷つけるのですか。ご子息の奥方をお呼びください。」
「息子の妻だと。粋嬪のことを言っておるのか。」
「若くして夫を亡くした方です。殿下以外に頼れる者がおりません。もう一度。死を覚悟してお願いします。世子様は病弱ゆえ万が一に備えて乽山君を世孫になさっては?」
「お前が腹黒い人間ということはとうにわかっていたわ!お前を冥途の道連れにすると言ったのは冗談などではない。お前の首根っこを捕まえて一緒にあの世へ旅立ってみせるぞー!」
「乽山君を世孫に立てて懿敬世子の魂を慰めてください。キム・ジョンソやファンボ・インに哀れみをかけて懿敬世子様には知らん顔なさいますのですか?」
「あああ・・・・・うっ・・・・・あっ・・・ぐっ・・・・ぐうっ・・・・・・。」
世祖は首を押さえました。
「息子たちを頼みます。父上。」
世祖は懿敬世子の言葉を思い出しました。
「殿下。粋嬪様をお呼びください。乽山君様を世孫にされぬのなら粋嬪様を説得なさっては?」
「もちろん私は粋嬪をかわいそうに思っている。粋嬪の顔を見るだけで胸が痛む。懿敬世子と粋嬪のことを考えると乽山君を世孫にしたい。王位を譲っても構わぬくらいだ。」
「ならば殿下今すぐ粋嬪をお呼びください。殿下!」
「殿下。どうなさいましたか。」
チョン内官は世祖の異変に気付きました。
「あっ・・・あああ・・・・・。」
世祖は苦しそうに首を押さえました。
「早く宮殿に行け。私はやり残したことがあるのだ。早く宮殿へ行け。」
世祖は輿に乗り宮殿に帰りました。世祖は内官に背負われて寝所に運ばれました。王妃は涙を流して心配していました。
感想
なんとハン・ミョンフェが一発逆転!?巧妙な話術で世祖を説得してしまいました。途中で少しだけキム・ジルが登場しましたが、キム・ジルは亀城君のライバルであるナム・イを推していましたね。キム・ジルはチョン・チャンソンの娘婿なのに元老につかずにふらふらと政局の外側にある官僚と結びつくのが大好きなようですね。キム・ジルはどうしてそうやって権力の外側とばかりお付き合いするのでしょうね。変な人。