刑事フォイル(シーズン1)第17話 丘の家(前編)
プロローグ
1941年2月のフランス。
「イギリス人だ。まずい。遠すぎる。」
闇夜に白いパラシュートが開き一人の兵士がフランスの地に降り立ちました。双眼鏡でその様子を見ていた二人の男は自転車に乗り落下地点に向かいました。兵士は急いでパラシュートをリュックにしまい地図を広げて懐中電灯で方位磁石と照らし合わせて現在地を探りました。兵士は"ルアン"の所在地を見た後"サンテティエンヌ"の場所を見ました。兵士が野原を歩いていると彼は地雷を踏んで爆死しました。二人の自転車の男は「まずい」と言いました。
刑事フォイル17話 THE FRENCH DROP 本編
イギリス海軍本部。
フォイル警視正は建物の中に入りました。
「ハワード中佐をお願いしたい。」
フォイルは受付の女性に言いました。
「フォイル様?」
「ああ。」
「すみませんが今会議中で座ってお待ちください。」
「どうも。では。」
イギリス海軍本部の会議室。
「どんな船でもいい。ブリュターニュに工作員を送り込むのに船がいります。」
土色の軍服を着た若い金髪の男性(ウィントリンガム中佐)が言いました。
「落下傘で降下させたほうが効果的じゃないのか?」
彼よりも地位が上で黒に近い紺色のスーツを着たフランシスは言いました。
「ですが特殊作戦用の飛行機は全て秘密情報部に抑えられていまして。」
若い金髪の男(ウィントリンガム中佐)は言いました。
「こっちが先だ。それになぜ機材や燃料や人員を割いてやらねばならんのか。七か月もたつのに君は何の成果もあげていない。」
壮年の将メッセンジャーは高圧的に言いました。
「それはあなたが我々の作戦をことごとく邪魔なさったからでしょサー・ジャイルズ。」
若い金髪の男性(ウィントリンガム中佐)は語気を強めました。
「君たちが立派なのは特殊作戦執行部という名前だけで中身は時間を資源を無駄にする成り上がりとど素人の集まりだ。」
サー・メッセンジャー・ジャイルズは厳しく若者に言いました。
「君の意見はもう何度も聞いている。」
別の白髪の紺色のスーツの高官がサー・メッセンジャー・ジャイルズに言いました。
「船が要るだの飛行機が要るだの秘密拠点が要るだの何一つ結果を出していないのによく要求できるな。」
サー・メッセンジャー・ジャイルズは高官の忠告を無視して若者への攻撃を続けました。
「ポーランド国内軍との接触に成功しました!」
「しかし連絡が途絶え工作員二名が消えた。」
「なぜそれを?」
「消えた工作員はポーランドで二名。チェコスロバキアで一名。」
「我々を内偵しているのですか?」
「二人とも本題から外れないように。ハワード中佐。」
白髪の高官は言いました。
「ポーツマスにフランスの練習艇があります。小型の帆船ですがそれなら回せます。」
ハワード中佐は言いました。
「よし直ちに手配してくれ。サー・ジャイルズ。」
白髪の高官が言いました。
白髪の高官が言いました。
「次も失敗なら私が正しかったということですな。」
若い男(ウィントリンガム中佐)はサー・ジャイルズのしつこさに苦笑いし会議は終わりました。
イギリス海軍本部のロビー。
「クリストファー。」
二階から階段で降りてきたハワード中佐はロビーホールをうろうろしているフォイルに声をかけました。
「さあ。こっちへ。待たせてしまって悪かったな。」
ハワード中佐がフォイルを呼ぶと、フォイルは階段を少し上りハワード中佐と握手をしました。
「チャールズ。」
「ははは。いやあ。今日は参った。部局のいがみ合いが酷くてね。時々味方同士とは思えなくなる。アンドリューは?」
「おかげさまで元気だ。」
「手紙を書かなきゃな。たまには。会いたいし小遣いもやりたいと思ってるんだ。ひどい叔父だな。」
「ただ一人のね。」
「ここだ。」
ハワード中佐はフォイルを二階の執務室に案内しました。
「君の転属希望・・・あちこちに伝えておいたら照会があった。」
「というと。」
「赴任先はリバプールだ。」
「上司は?」
「海軍大将サー・パーシー・ノーブル。人格者で頭もきれる。新しく設置された西部海域防衛司令部を率いて情報収集作戦の指揮を執る。」
「会ってもらえるのか。」
「私の推薦があれば。」
「ありがと。」
「現時点で最も重要な任務だ。これ以上船を失えば国民が餓死する。」
「あたしも・・・力になりたい。」
「わかっている。しかしひとつだけ聞いておくことがある。君の警察での仕事ぶりは高い評価を得ているのになぜそんなに警察を辞めたいんだ。」
「アンドリューは空軍。君は海軍本部。わたしはといえば今朝男を逮捕した。三十九年の物価統制法に違反して十ペンス半で電池を売った罪で。」
「サー・パーシーに話してみる。」
「ありがと。」
サムの運転する車の中。
「うまくいきました?」
サムはフォイルに言いました。
「・・・と思う。」
「警察を辞めたりしませんよね。」
「どこで聞いた。」
「警視正が辞めたら私は・・・どうすればいいんですか?」
「仕事ならすぐ見つかる。」
「そんなの嫌です・・・私も海軍に連れてってください。」
「まだ何も決まってないんだ。みんなには黙っていてくれないか。」
「もちろん言いません。」
教会。
人々は教会に集まっていました。
「おはようございます。ようこそ。聖マリア教会へ。どうぞこちらへ。ようこそ。」
オーブリーは来訪者に挨拶をしていました。
「話がある。後で。」
教会の入り口付近。
サー・ジャイルズの嫌がらせを受けていた海軍の若い将校(ウィントリンガム中佐)は諜報機関のヒルダ・ピアース夫人に言いました。
「みなさんようこそ。毎週来てくださるみなさんも最近足を運んでくださるようになったみなさんもようこそ。聖マリア教会は古くて隙間風が入ってきますけれどもくつろいでください。それではいつもの讃美歌から。」
オーブリーはみなに挨拶するとオルガンの演奏が始まりました。
教会の前の墓地。
スキンヘッドの男が手に持っていた紙に何かをメモし、去っていきました。男が立っていた近くの墓には水仙と青い花が添えられていました。木材で十字架を立てただけの墓には「EDWARD HARPER1921-1941テッド・ハーパー。早すぎる死だった。」と書かれていました。
教会の出口。
ミサが終わり人々が出てきました。
「また会えてよかった。全快を祈っているよ。」
牧師のオーブリーは人々を見送っていました。
「ありがとうございました。」
「今日はどうも。」
「どうも。また来週。」
「今日の話とてもよかったよ。」
「ありがとう中佐。来週もお待ちしていますよ。」
「フランスから連絡があった。」
ウィントリンガム中佐は初老の女性ヒルダ・ピアースに言いました。
「いつ。」
「昨日の夜。」
「ファクトゥールは?」
「死んだ。」
「死んだってどうして?」
「それより外部に漏れないようにしないと。サー・ジャイルズに知られたらたいへんだ。」
「ええ。わかってる。これからどうするの。」
「ひとつ名案がある。」
「あなたはいつもそういうけど。ほかの部には?」
「残念ながら知られた。とはいえ死んだことだけだ。」
「今のところはでしょ。」
「我々の中にサー・ジャイルズが送り込んだスパイがいる。だけど誰だろ・・・マコビーか。ニコルソンか。デュモンか。ヒルダそれを君に探りだしてほしい。」
ヘイスティングズ警察署の部屋。
ミルナーの前で髪の薄い男はライターを乱暴に机に置くとたばこをふかしました。
「で・・・いつまでにらめっこだ?」
「私は一日中でもいいですよ。フェナーさん。」
「ふん。俺には店があるんで。」
フェナーは立ち上がり帰ろうとしました。
「オルベリー通りの店ですね。最近大評判の。」
「ああ。顧客第一でやってるからな。」
「そうでしょうね。電池やカミソリやラジオの部品やそれに魔法瓶まであるとか。」
「魔法瓶は特別許可を得た客に売ってるんだ。」
「罰金覚悟で売ってるんでしょうね。」
「だからなんだってんだ。高価な品物じゃない。たまたま入荷するのを売ってるだけだ。」
「闇でね。」
「誰も気にしてねぇよ。あんたもほかにもっとやることがあるだろうが。」
「いや。これが私の仕事だ!補給線を確保するために日々将兵の命が失われている。なのにあんたは自分が儲けることしか考えられないのか!」
ミルナーはフェナーに憤り立ち上がりました。
「起訴するならしろよ。罰金五ポンド払えばどうせすぐ釈放だ。それで気が済むならさっさとそうしてくれ。俺の時間を無駄遣いするな。」
ヘイスティングズ警察署のロビー。
フォイルはサムに運転してもらい警察署に出勤してきました。
「おはようございます。」
受付にいる初老の警官リバースはフォイルに言いました。
「おはよう。伝言は?」
「特にありません。でも慈善福引が。」
「ああ。いくらだ。」
「二ペンスで。婦人義勇軍に入ります。」
「商品は何だ。」
「これです。」
リバースは大きな玉ねぎをカウンターに置きました。
「見事だな。一シリング出そう。」
「じゃあメモしておきます。」
「警視正。」
カウンターの向こうからミルナーがフォイルに声を掛けました。
「どうだ?」
「だめです。フェナーに品物を流しているのが誰か分からないことには。」
「釈放しろ。」
「はい。」
「大丈夫か?」
「大丈夫です。」
フォイルとサムは仕事に向かいました。
「匂いかいでいい?」
サムはリバースに言いました。
「え?」
「玉ねぎの。クリスマス(一か月以上前)に見たっきり。うーん。」
サムは玉ねぎを鼻に近づけて喜びを表しました。
「嗅ぎ代は一ペニーだ。」
夜。フェナー雑貨店。
フェナーは店の扉に鍵をかけ車に一抱えの荷物を積みました。すると通りの角から車のボンネットが怪しげに現れブレーキギアを上げる音がして停車しました。フェナーは車のほうに歩いていくと助手席から男が車から降りました。フェナーがさらに近づくと男は二人組で大きな人間大の袋を担いでいました。
「いくぞ。」
「ドアを開けろ。」
「よし。」
フェナーが彼らを見ていると背後から黒ずくめの若者がフェナーに忍び寄り後頭部を殴りました。
ヘイスティングズ警察署。
サムは仕事を終え帰ろうとしていました。すると警察署の部屋からタイプライターを叩く音が聞こえました。
「まだいたの。」
サムはミルナーに声をかけました。
「君こそどうしたの。」
「警視正を車で家まで送って車を置きにきたの。」
「一杯おごって。」
サムはミルナーを誘いました。
夜の飲食店。
ミルナーはサムを家に招きました。
「ぎくしゃくしてね。妻は実家に戻った。」
暖炉の赤い炎がミルナーを照らしました。
「・・・・・・はあ。戦争のせいよ。ふつうにしてたくても無理だもの。みんな限界なのよ。早く終わってくれないとどうなることやら。」
「実は僕。ヘイスティングズを出ようかと思ってる。」
「へえ!あなたまで!?」
「ほかに誰が?」
「いえ。別に。でもどうして?」
「心機一転てとこかな。」
「警視正ががっかりなさるだろうな。」
「ふっ・・・。まだ黙っててくれ。」
「わかってる。しゃべったりしない。こういう時だもの。二人には気晴らしが必要だな。殺人事件。それが一番。」
ミルナーはビールに口をつけました。
「ふっ・・・・。」
夜の道。
防空監視員の男性がが通りを歩いて巡回していました。壁には「本の買い取りいたします」と書かれていました。男性は倉庫の前を横切ろうとすると建物が突然爆発して男性は倒れました。
翌日の爆発のあった現場。
「警視正。」
ミルナーはサムの運転で到着したフォイルに声をかけました。
「防空監視員が一人爆発に巻き込まれました。」
ミルナーはフォイルに報告しました。
「大丈夫か。」
「病院に運ばれましたが軽症です。しかし店にいた男は死んでました。まだ動かしてません。かなり酷い状態です。」
「おとなしく外で待ってます。」
サムはフォイルに言いました。
フォイルとミルナーは爆発があった店の中に入りました。
フォイルは遺体の布をめくると肉がそげ顔が筋肉だけの状態になった遺体がありました。
「警察医に見せましたが若い男だとしか。」
「これじゃ仕方ない。」
「被害者は手りゅう弾を頭の上に掲げていたようです。ドアには二つとも鍵が掛けられ鍵はポケットの中。防空監視員は誰も見ていないと言ってます。となると自殺かもしれません。」
「身分証とか配給手帳とかは?」
「あったのはこれだけです。鍵と一緒にポケットの中に。」
ミルナーは懐中時計をフォイルに渡しました。
「金だな。」
「メッキ?」
「いや純金だ。」
「内側に刻印があります。」
「WRMおめでとう。1938年4月5日。おめでとうって何のだろう。」
店の外。
「なぜここで自殺したんだろう。」
フォイルはミルナーに言いました。
「しばらく閉店中で。警視正。向かいはフェナーの店です。あれがフェナーの車。」
ミルナーはフォイルに言いました。
「もう一度。フェナーを呼んで話を聞け。時計の頭文字と日付をマスコミに公表しろ。当面は事故ってことにして反応を見よう。」
「わかりました。地元の時計店を当たってみます。」
「頼むよ。」
地元の時計店。
「ほらここに製作者名と番号が。」
時計職人のワクスマンはミルナーに言いました。
「スイス製?」
「う~ん。これはまた素晴らしい金の懐中時計ですねぇ。竜頭で巻く方式。文字盤はアラビア数字。」
「高級品?」
「うん。間違いありません。ああ。刻印がありますねぇ。1938年。・・・おかしいな。」
「どうしてですか。」
「つじつまが合わない。この時計はかなり使い込まれています。たくさん傷がついてるでしょ。ポケットから頻繁に出し入れした証拠です。見てください。長年使われてここがすり減っている。それだけじゃない。掃除が必要だ。」
「古い時計ってこと?」
「そこなんですよ。これは古い時計に見えますけど最新の型なんです。」
「いつ頃の。」
「うん。一年前かな。1938年より後に造られたことだけは確かだ。」
ヘイスティングズ警察署。
サムは新聞を読み上げました。
「警察は二日前の夜に爆発事故があったオルベリー通りの現場から二十代半ばの男性の遺体を発見。WRMと書かれたスイス製の懐中時計も見つかった。自殺じゃないんですか?」
「かもしれない。」
フォイルはサムに言いました。
「最近の新聞は信用できません。政府による情報操作か、そうでなかったらプロパガンダですもの。恋しくなりません?」
「この新聞が?」
「こういう警察の仕事がです。海軍の情報部は書類仕事ばかりですよ。」
電話のベルが鳴りました。
「はい。わかった。すぐ行く。」
「これですよ!何が起きるのかわからないのが刑事の醍醐味。」
サムは嬉しそうに言いました。
「ありがたいがそれ以上は何も言うな。」
フォイルはサムに運転させました。
電話の主の家。
「名前はウィリアム・メッシンジャーですし、それに金の時計も持ってました。だから新聞を読んでウィリアムだって思ったんです。」
主婦のソーンダイクは洗濯物を畳みながらフォイルとミルナーに言いました。
「それは・・・この時計?」
ミルナーは金の時計を見せて夫人に質問しました。
「そうです!素敵だし。とっても高そうよね。」
ソーンダイク夫人は言いました。
「彼はどんな青年でしたか?ソーンダイクさん。」
「詳しくは知らないんです。部屋を貸したのもたったの半年前からですから。」
「何をしていた人ですか?」
「聞いてませんねぇ。自分のことは何も話さない人だったし。でも確か両親がこの町にいるって。少なくとも家族の誰かがいるって言ってました。」
「近くに家族がいるのになんで部屋を借りるんです?」
ミルナーにかわりフォイルはソーンダイク夫人に質問を始めました。
「それなら教えて差し上げられるわ。お掛けになりません?」
「結構です。」
「付き合っている女の子がいたんです。かわい子でしたけど。実家だと不都合だからじゃない?」
「彼女の名前は?」
「確か・・・確かグリーンウッド。そうですマリオン・グリーンウッド。見かけたのはほんの二、三回ですけど。」
「あなたはヘイスティングズには昔から?」
「ええ。もう長いです。ずーっと主人のアーネストと暮らしてきました。去年亡くなったの。まだ六十三ね。」
「それはお気の毒に。この町の方?」
「生まれも育ちも。」
「じゃあ学校も。」
「ええ。地元でね。」
「どこの学校?」
「なんでそんなことを聞くんですか?亡くなったウィリアムとは何の関係もないことでしょ?」
「まあね。彼の部屋を見ていいですか?」
ソーンダイク夫人はフォイルとミルナーをウィリアムの部屋に案内しました。部屋にはマリオンの写真が立てかけられていました。
「身分証も金も何もかも部屋に置いたままだ。警視正。マリオン。君がこれを読むときには僕はこの世にはいないだろう。君なしで生きていくなんてできない。あの時の僕の言葉は本当だ。」
ミルナーはフォイルに言いました。
「彼の筆跡ですか?」
フォイルはソーンダイク夫人に尋ねました。
「間違いありません。」
「どうして。」
「よく伝言を残してたから。」
町の歩道。
「自殺じゃないとお思いでしょ?」
ミルナーはフォイルに言いました。
「どうかな。君の意見は?」
「部屋に鍵をかけその鍵をポケットに入れその後手りゅう弾で爆死。しかも本人の筆跡の遺書も残してあった。自殺じゃないですよ。」
どこかの貴族の大きな屋敷。
「あのね!忠告を無視したあげく私に黙って計画を進めるってどういうこと?」
ヒルダ・ピアースは怒りウィントリンガム中佐に言いました。
「ここを仕切っているのは君でもこの作戦を指揮するのは私だ。いちいちお伺いを立てる必要はないでしょう。」
「正気なの?うまくいくはずないでしょう。」
「どうして。もともとそういう位置づけの作戦のはずだ。うまくいけば存続。だめなら終わりだ。」
「もう問題が出てきてる。これ読んだ?」
「読んだ。」
「あなた運がないわね。事件を捜査するのがよりにもよってフォイル警視正だなんて。」
「知ってるのか?」
「去年の秋に会ったの。ただの田舎の刑事だと思ったら大間違い。必ず真相を探り出しあなたまでたどり着くかも。」
「それはないだろう。」
「なめてかかると危ない相手よ。」
「そもそも危ない状況にあるから私は行動を起こしたのだ。ヘイスティングズ警察署のフォイル警視正か。」
ウィントリンガム中佐は新聞をゴミ箱に捨てました。
「気にするな。」
ヘイスティングズ警察署。
フォイルとミルナーは警察署に帰ってきました。
「フェナーと話したか?」
フォイルはミルナーに尋ねました。
「自宅を訪ねたら奥さんからまだ警察署にいるでしょって。そう言われまして。」
「どこにいるんだろ。」
「わかりません。自宅にもいないし店も開けていません。」
「警視正。若い女性がお待ちです。マリオン・グリーンウッドって方から。」
リバースはフォイルに言いました。
「わかった。」
「福引券です。」
リバースはミルナーに福引券を渡しました。
フォイルはマリオン・グリーンウッドと会いました。
「死者が出た爆発事故の捜査を担当している方ですか?」
マリオン・グリーンウッドはフォイルに言いました。
「そうです。入って。」
フォイルはマリオンを部屋に入れるとミルナーも同席しました。
「ウィリアムなんですか?」
「まだわかりません。遺体の損傷が激しくてなかなか断定できないのです。」
「そう。」
「手がかりは時計だけしかないのでね。」
「そう・・・金の時計?」
ミルナーは女性に時計を見せました。
「これは・・・ウィリアムのです。」
「どこで買ったものでしょう?」
ミルナーはマリオンに質問しました。
「さあ。」
「彼の部屋にあなた宛ての手紙が遺されていました。」
ミルナーはマリオンに手紙を渡しました。
「嘘でしょ。だって。こんなのばかです。私が原因で自殺するなんて。何を求めてるの。私が罪悪感で苦しめば満足なの?卑怯です。そんな関係じゃなかったのに。」
マリオン・グリーンウッドは言いました。
「出会ったのは?」
フォイルはマリオンに質問しました。
「当時・・・私は本屋で働いていて。いえ。本屋っていうより古本屋ですけど今は閉まってます。」
「それは、オルベリー通りの?」
ミルナーは言いました。
「そうです。お昼を食べに出たとき偶然出会って気が合って。」
「彼の仕事は?」
「知りません。でもよく・・・ロンドンに行ってました。理由は聞いてません。」
「家族に会ったことは?」
フォイルはマリオンに質問しました。
「ないです。お父様は軍人で確か少将だとか。サー・ザイルズ・メッシンジャー。お宅は町の郊外にあるお屋敷で近寄るなって言われてました。家柄が違うから。」
「それで・・・ウィリアムとあなたとはどういう関係だったのですか?」
フォイルはマリオンに尋ねました。
「友達でした。・・・ただの友達じゃなかったけど。会うのは本屋だけでした。二人きりになれるのはそこだけでした。」
「彼もお店の鍵を?」
「うん。持ってました。私が合い鍵を作って。・・・ふしだらだとお思いでしょう?ほんの遊びだったんです。好きだったけど愛してはいませんでした。それで・・・別の人と会って。」
「そのようにウィリアムに言ったの?」
ミルナーは言いました。
「うん。ええ。彼は取り乱して・・・私なしでは生きていけないって。だけどまさか・・・ああ・・・実行するなんて・・・思いませんよ。うっ・・・。」
マリオンはすすり泣きました。
警察署内の別の部屋。
「サー・ジャイルズ・メッシンジャーって?」
ミルナーはフォイルに尋ねました。
「政府の大物だ。戦時経済省だったかな。軍情報部と関わりのある人物だった。」
「じゃあ息子も父親同様諜報員だったとか?」
「可能性は高い。」
フォイルとミルナーは支度をして出かけました。
貴族の屋敷。
サムは駐車場で暇そうに歩いていました。
「つらい事をお知らせしなければならず残念です。」
フォイルはサー・ジャイルズ・メッシンジャー夫妻に話しました。
「信じられない。息子に絶対間違いないのか。遺体の損傷が激しかったと聞いているが。」
「はい。でもポケットに懐中時計が入っていました。」
「息子はそんなものは持っていない。私の知る限り。」
「頭文字と1938年4月5日の日付が刻まれた。」
「あの子の誕生日です。二十一歳の。」
夫人はフォイルに言いました。
「なんでしたら・・・日を改めてお伺いしましょうか。」
「いや。いい。早く済ませてしまおう。」
「これはご子息の筆跡でしょうか。」
フォイルが言うとミルナーは手紙を見せました。
「そうだ。・・・なんだこれは?」
「交際していた女性宛てに遺した手紙のようです。」
「なんていう方?」
「マリオン・グリーンウッドです。」
ミルナーは言いました。
「聞いたことがありません。会ったことも。家に連れてきたことも。」
夫人は答えました。
「最後に会ったのは?」
フォイルは言いました。
「うん?あー確か二週間前だ。昼食に来た。そういえば様子が変だった。興奮していて。でも女の話は出なかった。息子とは・・・残念ながらそんなにしょっちゅう会えてなくてね。親密だったとはいえない。特に最近はお互い仕事があって。」
「ご子息は何の仕事を?」
「それは教えてやれない。秘密事項なんだ。教えてやれない。」
「ジャイル・・・。」
「息子の上司には・・・私から伝えておく。しかし死んだのは仕事とは無関係なようだ。」
「それは確かですか?」
「君が今そう言っただろう。女が原因だって。君はもうその女から話はもう聞いたんだろう。」
「聞きました。」
ミルナーが答えました。
「ふん。信じられない。じゃあ。これでほかに聞くことがなければ引き取ってもらいたい。」
「わかりました。でもご子息の死には・・・わたしには腑に落ちない点がありますのでその時にはまた・・・伺います。」
フォイルとミルナーは屋敷を出ました。
「分からないことが増えましたね。だってご両親は恋人がいたことも知らず時計も贈ってない。」
「フォイルさん。」
夫人がフォイルを追いかけてきました。
「お話しするべきではないんですがお耳にいれておきたいことがあります。息子は確かに二週間前にうちに来ました。主人が言った通り興奮した様子で。でもそれ以上に怖がっているようでした。」
「何を?」
「それはわかりません。仕事の話は主人として私はいつも蚊帳の外なんです。そのときはポーランド人の青年を連れて来ました。名前はヤン・コモロフスキ。あ・・・一緒に働いている人のようでした。レベナムにある丘の家で。聞く気はなかったんですけど。台所にいたら話し声が。」
「アン。」
遠くのほうでジャイルがアン夫人を呼ぶ声がしました。
「レベナム?」
「それしかわかりません。お願いですフォイルさん。ウィリアムに何かあったのならもし真実がほかにあるのなら教えてください。」
夫人は夫のもとへ行きました。
「何を話した?」
「何も。」
「すべて私の責任だ。」
「違うわ。」
「いい父親ではなかったしあの子には恨まれてきた。」
「そんなことないわ。」
「かわいそうなことを。私が追い詰めた。私のせいだ。」
ロンドンのレストラン。
ハワード中佐とフォイルはワインとサラダ(トマト、キュウリ、レタス、肉)で食事をしていました。
「いい知らせがある。異例の人事だがね。普通じゃ海軍内部から登用する。でも今はえり好みできないしな。」
ハワード中佐はフォイルに言いました。
「言ってくれる。」
「慣例なんてくそくらえってとこだ。一流の頭脳が欲しいんだよ。君みたいな。」
「チャールズありがとう。恩に着るよ。聞いてもいいかな?」
「もちろん君のおごりだ。もとを取らないとな。」
「ジャイルズ・メッシンジャーを知ってるか?」
「サー・ジャイルズのことか?喋ると銃殺になりそうだ。SIS秘密情報部の人間だ。古株で影響力もある。以前はセクションDを率いていたけど人員を半分に減らされそれ以来誰にでも噛みつく手負いの虎のようだ。私に言わせれば関わらないほうが無難だ。」
「もう遅い。今朝会ってきた。」
「なんで?いや。言わないでくれ。知りたくもない。いいか。クリストファー気を付けろ。ああいう人の機嫌を損ねると大変だ。ただの巡査に戻ってもいいのなら。」
ヘイスティングズ警察署。
「ウィリアムはレベナムでヤン・コモロフスキって男と仕事をしていた。」
フォイルはミルナーに言いました。
「レベナム?ハンプシャーの?」
サムは嬉しそうに言いました。
「そうだ。今から行くぞ。」
「叔父が牧師をやってます。聖マリア教会で。」
「お父さんと同じで?」
ミルナーはサムに聞きました。
「うん。うちは聖職者が多いの。おじいちゃんは司教。」
サムはミルナーに言いました。
「ミルナー後は頼んだ。」
「わかりました。」
「ウィリアムの下宿の大家がいつからヘイスティングズに住んでいるか調べろ。それから死んだ夫がどこの学校に通っていたかもだ。言いたくなさそうだったよな。」
「確かに。それに時計もよく見もしないで断定していました。どこで買ったかはまだ。」
「マリオンからももう一度話を聞いておけ。フェナーのほうはどうだ。」
「行方不明です。」
「そうか。探し出せ。」
「お帰りはいつですか。」
「明日か明後日。」
サー・ジャイルズ・メッセンジャーの屋敷。
「訃報を聞いてすぐにこちらに伺いました。意見の食い違いはあれど悲しみは同じです。本当に残念です。」
ウィントリンガム中佐はメッセンジャーの屋敷のソファーで足を組み皮肉を込めながら言いました。
夫人もソファに腰かけジャイルズは窓の外を見つめブランデーを飲みました。
「息子と最後に会ったのはいつ?」
メッセンジャー夫人は中佐に尋ねました。
「先週です。ある作戦から外されてしまって沈んでいました。休暇を与えましたからこちらに来たのでは?」
「うちには来ていません。ヘイスティングズに部屋を借りていたことも知らなかった。」
夫人はウィントリンガム中佐に言いました。
「ご子息は部下の中でも抜きんでていました。心からお悔やみ申し上げます。こんなことになるなんて。」
「今朝屋敷に刑事が来た。フォイルって男だ。」
ジャイルズはウィントリンガム中佐に言いました。
「それで?」
「息子の死にはいくつか腑に落ちない点があると言っていた。」
「腑に落ちない?」
「何も言ってなかった。とはいえ犯罪捜査のような印象だった。」
「フォイルはトラブルメーカーで有名なんです。私の聞いたところでは・・・何というか自分の権限がないところにまで首を突っ込む男だと。」
ウィントリンガム中佐は尊大で軽々しい口調で言いました。
「私の目には誠実な人に見えました。」
アン夫人は中佐に言いました。
「一つ言っておこう。ウィントリンガム中佐。私は君の組織を評価していないしチャーチルは私の助言をいれるべきだったと思っている。」
「サー・ジャイルズ。私は・・・。」
「息子は私に逆らって君のもとへ走った。そのことには今でも失望している。しかしもし君が息子の死に関わっていたとしたら君が息子を自殺に追い込んだんだとしたら破滅させてやる。それを覚えておけ。」
「わかりました。覚えておきます。」
「わかったら帰れ。」
どこかの地下のレンガ造りの拘置所。
「立て!」
兵士はドイツ語で命令すると牢屋の中の金髪の男を連れ出しました。
「そっちだ!」
「止まるな!」
「またはじめから聞くぞ。」
男は後ろ手に縛られて背後には浴槽が置かれていました。
「ヤン・コモロフスキ。スパイだろ!」
「俺はフランツ・・・。」
「そんな嘘が通用すると思うな。吐かせてやる。やれ。」
男は浴槽に顔を漬けられました。
「出せ。」
「もう一度。」
「やれ。」
拷問が終わり、二人の兵士は庭に出てたばこに火をつけました。
「我ながら名演技だった。」
「うん。」
二人は英語を話していました。
サムが運転する車の中。
「ミルナーは大丈夫か。」
フォイルはサムに尋ねました。
「あ?」
「朝から晩まで署にいるし元気もない。どうしたんだ。」
「特に何も聞いていません。お伝えするほどのことは。」
「ああ。そうか。」
「もうすぐ着きます。あそこがパーキンじいさんの農場。木になってるリンゴをよく失敬したものですからじいさんに追いかけられたものでした。」
「果樹園のまわりを?」
「いいえ。私を見つけると。どこででもです。ほら教会です。」
サムは古く中規模の教会に着きました。
「サマンサよく来てくれたな。久しぶりだな。元気か?」
「オーブリーおじさん。」
オーブリーはサムのの左右の頬にキスをしました。
「あなたがフォイルさんですね。イアンからお噂はかねがね。」
フォイルとオーブリーは握手をしました。
「スチュアートさん。」
「いや。オーブリーで。ああ。まずは果実酒でも。自家製でね。今年は李酒です。自分で言うのもなんだがおいしい。泊まるでしょ?」
「いや・・・・・・。」
「泊まってってください。部屋もありますし。それにお泊りになる予感がします。きっとこれは神のお導きです。サマンサ。フォイルさんのコートを頼む。ああ。・・・でなんでまたこっちに来たんだ?」
「丘の家ってあるでしょ?」
「そう聞かれる予感がしたんだ。ここから一キロぐらいのとこで前は療養所だったんだけど接収されてね。」
「どこに?」
フォイルがオーブリーに尋ねました。
「軍だか情報部だかがプロパガンダに使ってるって噂ですけど。ああ。そうぞ。そこの軍人さんたちも教会にきてます。でもあれこれ聞かないほうが賢明なのでね。」
オーブリーはフォイルにソファをすすめました。
「丘の家についてほかにないですか。」
「ないかと言われると・・・実はあるんですよ。捜査する必要はないのですけどあたしゃ最近は不安に思うようになってきましてね。」
「丘の家の人たちを?」
サムはオーブリーに言いました。
「全員ドイツのスパイだって噂がある。まあ疑われても無理はない。用もなくうろついている男がひとりいてね。それに妙な出来事もあって。数日前の夜に電話で呼ばれましてね。リチャード夫人っていうお年寄りの家から。」
オーブリーはフォイルにスモモ酒をふるまいました。
「ありがと。」
「はいどうぞ。」
オーブリーはサムにもスモモ酒をあげ自分も酒を手に取りました。
「息子だと名乗って母が死にそうだというのですぐに家を出ました。自転車でね。とはいえ十キロちょっとお離れているし夜で暗いし上り坂だし。」
「自転車で?」
「ああ。ガソリンの配給は限られているからな。ああ。乾杯。うん。結局いたずら電話でね。夫人はもうベッドに入っていたけど健康そのもの。息子さんはアフリカだとか。お茶をいただいてえっちらおっちら帰ってきた。ふふ。味はどう?」
「とっても。」
フォイルの杯から酒は減っていませんでした。
「すごく・・・緑。」
サムはオーブリーに感想を言いました。
「あはは・・・だな。」
「妙な出来事はほかにも?」
フォイルはグラスをテーブルに置きました。
「ええ。次の日。墓に会った花瓶が割られていたんです。埋葬して一日二日の新しい墓でね。」
「誰の?」
「ジェニー・ハーパーの息子のテッドだ。」
「テッド・ハーパー!?」
サムは驚きました。
「ああ。まだ若かった。大工でね。屋根から落ちて首が折れて。」
「嘘。いい子だったのにそんな・・・。かわいそうに。」
「それで花瓶は?」
「破片が墓一面に飛び散っていた。どっちにしてもひどすぎる。」
「どっちの出来事も丘の家と関係があると?」
「ああわかりません。そんな気がするだけで。ああ。私の勘違いかも。でも以前はこんなことはまったくなかった。」
「じゃあ後で行って様子を見に行きます。」
「丘の家へ行くんですか?入れてもらえないと思いますよ。」
サムの運転する車の中。
「どうして警視正はウィリアム・メッシンジャーの自殺の原因が失恋だったとしてそれがここの出来事と関係があるとお思いなんですか?」
サムはフォイルに言いました。
「だからこそ探りに来たんだ。」
丘の家に行くまでに兵士がバリケードを築き検問をしていました。サムは車を停めました。
「こんにちは。」
フォイルは兵士に言いました。
「許可を得ていない人は立ち入り禁止です。」
銃を持った兵士はフォイルに言いました。
「そうか。ここで働いていたかもしれない人の死亡事件の捜査なんだ。」
「誰の事です?」
「ウィリアム・メッシンジャーだ。」
「初めて聞く名前ですね。」
「そうか。ポーランド人のヤン・コモロフスキはどうだ?」
「それも初めて聞く名前です。」
「そうか。上の人と話がしたい。できれば捜査に協力してくれる人がいいね。」
「お名前をどうぞ。」
フォイルは名前を書きました。
「お待ちください。」
兵士は電話しました。
「フォイルだ。」
検問から連絡を受けたのはウィントリンガム中佐でした。
「だから言ったでしょう。」
ヒルダ・ピアースは言いました。
「どうしてここに・・・。メッシンジャー。ウィリアムの親だ。」
「フォイルと会ったの?サー・ジャイルズが漏らすはずない。」
「じゃあなぜだ。」
「言ったでしょ。頭がきれるって。」
「確かめてみようか。直接聞けばいい。」
「まさか通すつもり?」
「だって言うだろ。友は近くに敵はさらに近くに置けって。」
「フォイルがどっちかわからないでしょ。」
「近くに置けば説得もできる。機密だと言ってね。野放しにしたら危険だ。」
「でも内部にはまだスパイがいるのに。」
「サー・ジャイルズが送り込んだ?」
「フォイルがここに来たって伝えるかもしれない。」
「それはまずい。まだ特定できていないしな。フォイルならだれか探り出せるかも。」
「ジェームズ。一度でいいから私のことを聞いて。フォイルを招き入れたらだめ。」
「意見は却下だ。通してくれ。」
ソーンダイクの家。
「ああ。ミルナーさん。」
「ソーンダイクさん。」
「どうぞ。」
「お邪魔します。お出かけですか?」
玄関の床に小さなトランクが置かれていました。
「ええ。スラウに。妹がいてね。週末はあっちに行くんです。今日は何の御用?知ってることはもう話したけど。」
「お聞きしたいことがあります。」
「あらなに?」
「ご主人のことで。」
「でもアーネストは関係ないでしょ?」
「ご主人の母校はどこですか?念のために。」
「ヒルボロー通りのセント・アントニーズよ。ねえミルナーさん。これはいったいどういうことですか。まるで犯罪者みたいな扱いね。」
「犯罪者扱いなんてとんでもない。なぜ嘘をおつきになるのか知りたいだけです。」
「なんですって?」
「ヘイスティングズの住民台帳にご主人アーネスト・ソーンダイクの名前はありませんでした。ずっとここに住んでいるっておっしゃいましたね。でもこの家は地元の弁護士事務所が一年前から借りている物件でしょう。」
「ずっとこの家に住んでるなんて言ってません誤解ですよ。ここヘイスティングズに二十年住んでるって意味よ。」
「どれぐらい留守になさいます?」
「言ったでしょ。二日です。」
「もう一度お話しをお伺いに二日後伺います。」
「ほらここに製作者名と番号が。」
時計職人のワクスマンはミルナーに言いました。
「スイス製?」
「う~ん。これはまた素晴らしい金の懐中時計ですねぇ。竜頭で巻く方式。文字盤はアラビア数字。」
「高級品?」
「うん。間違いありません。ああ。刻印がありますねぇ。1938年。・・・おかしいな。」
「どうしてですか。」
「つじつまが合わない。この時計はかなり使い込まれています。たくさん傷がついてるでしょ。ポケットから頻繁に出し入れした証拠です。見てください。長年使われてここがすり減っている。それだけじゃない。掃除が必要だ。」
「古い時計ってこと?」
「そこなんですよ。これは古い時計に見えますけど最新の型なんです。」
「いつ頃の。」
「うん。一年前かな。1938年より後に造られたことだけは確かだ。」
ヘイスティングズ警察署。
サムは新聞を読み上げました。
「警察は二日前の夜に爆発事故があったオルベリー通りの現場から二十代半ばの男性の遺体を発見。WRMと書かれたスイス製の懐中時計も見つかった。自殺じゃないんですか?」
「かもしれない。」
フォイルはサムに言いました。
「最近の新聞は信用できません。政府による情報操作か、そうでなかったらプロパガンダですもの。恋しくなりません?」
「この新聞が?」
「こういう警察の仕事がです。海軍の情報部は書類仕事ばかりですよ。」
電話のベルが鳴りました。
「はい。わかった。すぐ行く。」
「これですよ!何が起きるのかわからないのが刑事の醍醐味。」
サムは嬉しそうに言いました。
「ありがたいがそれ以上は何も言うな。」
フォイルはサムに運転させました。
電話の主の家。
「名前はウィリアム・メッシンジャーですし、それに金の時計も持ってました。だから新聞を読んでウィリアムだって思ったんです。」
主婦のソーンダイクは洗濯物を畳みながらフォイルとミルナーに言いました。
「それは・・・この時計?」
ミルナーは金の時計を見せて夫人に質問しました。
「そうです!素敵だし。とっても高そうよね。」
ソーンダイク夫人は言いました。
「彼はどんな青年でしたか?ソーンダイクさん。」
「詳しくは知らないんです。部屋を貸したのもたったの半年前からですから。」
「何をしていた人ですか?」
「聞いてませんねぇ。自分のことは何も話さない人だったし。でも確か両親がこの町にいるって。少なくとも家族の誰かがいるって言ってました。」
「近くに家族がいるのになんで部屋を借りるんです?」
ミルナーにかわりフォイルはソーンダイク夫人に質問を始めました。
「それなら教えて差し上げられるわ。お掛けになりません?」
「結構です。」
「付き合っている女の子がいたんです。かわい子でしたけど。実家だと不都合だからじゃない?」
「彼女の名前は?」
「確か・・・確かグリーンウッド。そうですマリオン・グリーンウッド。見かけたのはほんの二、三回ですけど。」
「あなたはヘイスティングズには昔から?」
「ええ。もう長いです。ずーっと主人のアーネストと暮らしてきました。去年亡くなったの。まだ六十三ね。」
「それはお気の毒に。この町の方?」
「生まれも育ちも。」
「じゃあ学校も。」
「ええ。地元でね。」
「どこの学校?」
「なんでそんなことを聞くんですか?亡くなったウィリアムとは何の関係もないことでしょ?」
「まあね。彼の部屋を見ていいですか?」
ソーンダイク夫人はフォイルとミルナーをウィリアムの部屋に案内しました。部屋にはマリオンの写真が立てかけられていました。
「身分証も金も何もかも部屋に置いたままだ。警視正。マリオン。君がこれを読むときには僕はこの世にはいないだろう。君なしで生きていくなんてできない。あの時の僕の言葉は本当だ。」
ミルナーはフォイルに言いました。
「彼の筆跡ですか?」
フォイルはソーンダイク夫人に尋ねました。
「間違いありません。」
「どうして。」
「よく伝言を残してたから。」
町の歩道。
「自殺じゃないとお思いでしょ?」
ミルナーはフォイルに言いました。
「どうかな。君の意見は?」
「部屋に鍵をかけその鍵をポケットに入れその後手りゅう弾で爆死。しかも本人の筆跡の遺書も残してあった。自殺じゃないですよ。」
どこかの貴族の大きな屋敷。
「あのね!忠告を無視したあげく私に黙って計画を進めるってどういうこと?」
ヒルダ・ピアースは怒りウィントリンガム中佐に言いました。
「ここを仕切っているのは君でもこの作戦を指揮するのは私だ。いちいちお伺いを立てる必要はないでしょう。」
「正気なの?うまくいくはずないでしょう。」
「どうして。もともとそういう位置づけの作戦のはずだ。うまくいけば存続。だめなら終わりだ。」
「もう問題が出てきてる。これ読んだ?」
「読んだ。」
「あなた運がないわね。事件を捜査するのがよりにもよってフォイル警視正だなんて。」
「知ってるのか?」
「去年の秋に会ったの。ただの田舎の刑事だと思ったら大間違い。必ず真相を探り出しあなたまでたどり着くかも。」
「それはないだろう。」
「なめてかかると危ない相手よ。」
「そもそも危ない状況にあるから私は行動を起こしたのだ。ヘイスティングズ警察署のフォイル警視正か。」
ウィントリンガム中佐は新聞をゴミ箱に捨てました。
「気にするな。」
ヘイスティングズ警察署。
フォイルとミルナーは警察署に帰ってきました。
「フェナーと話したか?」
フォイルはミルナーに尋ねました。
「自宅を訪ねたら奥さんからまだ警察署にいるでしょって。そう言われまして。」
「どこにいるんだろ。」
「わかりません。自宅にもいないし店も開けていません。」
「警視正。若い女性がお待ちです。マリオン・グリーンウッドって方から。」
リバースはフォイルに言いました。
「わかった。」
「福引券です。」
リバースはミルナーに福引券を渡しました。
フォイルはマリオン・グリーンウッドと会いました。
「死者が出た爆発事故の捜査を担当している方ですか?」
マリオン・グリーンウッドはフォイルに言いました。
「そうです。入って。」
フォイルはマリオンを部屋に入れるとミルナーも同席しました。
「ウィリアムなんですか?」
「まだわかりません。遺体の損傷が激しくてなかなか断定できないのです。」
「そう。」
「手がかりは時計だけしかないのでね。」
「そう・・・金の時計?」
ミルナーは女性に時計を見せました。
「これは・・・ウィリアムのです。」
「どこで買ったものでしょう?」
ミルナーはマリオンに質問しました。
「さあ。」
「彼の部屋にあなた宛ての手紙が遺されていました。」
ミルナーはマリオンに手紙を渡しました。
「嘘でしょ。だって。こんなのばかです。私が原因で自殺するなんて。何を求めてるの。私が罪悪感で苦しめば満足なの?卑怯です。そんな関係じゃなかったのに。」
マリオン・グリーンウッドは言いました。
「出会ったのは?」
フォイルはマリオンに質問しました。
「当時・・・私は本屋で働いていて。いえ。本屋っていうより古本屋ですけど今は閉まってます。」
「それは、オルベリー通りの?」
ミルナーは言いました。
「そうです。お昼を食べに出たとき偶然出会って気が合って。」
「彼の仕事は?」
「知りません。でもよく・・・ロンドンに行ってました。理由は聞いてません。」
「家族に会ったことは?」
フォイルはマリオンに質問しました。
「ないです。お父様は軍人で確か少将だとか。サー・ザイルズ・メッシンジャー。お宅は町の郊外にあるお屋敷で近寄るなって言われてました。家柄が違うから。」
「それで・・・ウィリアムとあなたとはどういう関係だったのですか?」
フォイルはマリオンに尋ねました。
「友達でした。・・・ただの友達じゃなかったけど。会うのは本屋だけでした。二人きりになれるのはそこだけでした。」
「彼もお店の鍵を?」
「うん。持ってました。私が合い鍵を作って。・・・ふしだらだとお思いでしょう?ほんの遊びだったんです。好きだったけど愛してはいませんでした。それで・・・別の人と会って。」
「そのようにウィリアムに言ったの?」
ミルナーは言いました。
「うん。ええ。彼は取り乱して・・・私なしでは生きていけないって。だけどまさか・・・ああ・・・実行するなんて・・・思いませんよ。うっ・・・。」
マリオンはすすり泣きました。
警察署内の別の部屋。
「サー・ジャイルズ・メッシンジャーって?」
ミルナーはフォイルに尋ねました。
「政府の大物だ。戦時経済省だったかな。軍情報部と関わりのある人物だった。」
「じゃあ息子も父親同様諜報員だったとか?」
「可能性は高い。」
フォイルとミルナーは支度をして出かけました。
貴族の屋敷。
サムは駐車場で暇そうに歩いていました。
「つらい事をお知らせしなければならず残念です。」
フォイルはサー・ジャイルズ・メッシンジャー夫妻に話しました。
「信じられない。息子に絶対間違いないのか。遺体の損傷が激しかったと聞いているが。」
「はい。でもポケットに懐中時計が入っていました。」
「息子はそんなものは持っていない。私の知る限り。」
「頭文字と1938年4月5日の日付が刻まれた。」
「あの子の誕生日です。二十一歳の。」
夫人はフォイルに言いました。
「なんでしたら・・・日を改めてお伺いしましょうか。」
「いや。いい。早く済ませてしまおう。」
「これはご子息の筆跡でしょうか。」
フォイルが言うとミルナーは手紙を見せました。
「そうだ。・・・なんだこれは?」
「交際していた女性宛てに遺した手紙のようです。」
「なんていう方?」
「マリオン・グリーンウッドです。」
ミルナーは言いました。
「聞いたことがありません。会ったことも。家に連れてきたことも。」
夫人は答えました。
「最後に会ったのは?」
フォイルは言いました。
「うん?あー確か二週間前だ。昼食に来た。そういえば様子が変だった。興奮していて。でも女の話は出なかった。息子とは・・・残念ながらそんなにしょっちゅう会えてなくてね。親密だったとはいえない。特に最近はお互い仕事があって。」
「ご子息は何の仕事を?」
「それは教えてやれない。秘密事項なんだ。教えてやれない。」
「ジャイル・・・。」
「息子の上司には・・・私から伝えておく。しかし死んだのは仕事とは無関係なようだ。」
「それは確かですか?」
「君が今そう言っただろう。女が原因だって。君はもうその女から話はもう聞いたんだろう。」
「聞きました。」
ミルナーが答えました。
「ふん。信じられない。じゃあ。これでほかに聞くことがなければ引き取ってもらいたい。」
「わかりました。でもご子息の死には・・・わたしには腑に落ちない点がありますのでその時にはまた・・・伺います。」
フォイルとミルナーは屋敷を出ました。
「分からないことが増えましたね。だってご両親は恋人がいたことも知らず時計も贈ってない。」
「フォイルさん。」
夫人がフォイルを追いかけてきました。
「お話しするべきではないんですがお耳にいれておきたいことがあります。息子は確かに二週間前にうちに来ました。主人が言った通り興奮した様子で。でもそれ以上に怖がっているようでした。」
「何を?」
「それはわかりません。仕事の話は主人として私はいつも蚊帳の外なんです。そのときはポーランド人の青年を連れて来ました。名前はヤン・コモロフスキ。あ・・・一緒に働いている人のようでした。レベナムにある丘の家で。聞く気はなかったんですけど。台所にいたら話し声が。」
「アン。」
遠くのほうでジャイルがアン夫人を呼ぶ声がしました。
「レベナム?」
「それしかわかりません。お願いですフォイルさん。ウィリアムに何かあったのならもし真実がほかにあるのなら教えてください。」
夫人は夫のもとへ行きました。
「何を話した?」
「何も。」
「すべて私の責任だ。」
「違うわ。」
「いい父親ではなかったしあの子には恨まれてきた。」
「そんなことないわ。」
「かわいそうなことを。私が追い詰めた。私のせいだ。」
ロンドンのレストラン。
ハワード中佐とフォイルはワインとサラダ(トマト、キュウリ、レタス、肉)で食事をしていました。
「いい知らせがある。異例の人事だがね。普通じゃ海軍内部から登用する。でも今はえり好みできないしな。」
ハワード中佐はフォイルに言いました。
「言ってくれる。」
「慣例なんてくそくらえってとこだ。一流の頭脳が欲しいんだよ。君みたいな。」
「チャールズありがとう。恩に着るよ。聞いてもいいかな?」
「もちろん君のおごりだ。もとを取らないとな。」
「ジャイルズ・メッシンジャーを知ってるか?」
「サー・ジャイルズのことか?喋ると銃殺になりそうだ。SIS秘密情報部の人間だ。古株で影響力もある。以前はセクションDを率いていたけど人員を半分に減らされそれ以来誰にでも噛みつく手負いの虎のようだ。私に言わせれば関わらないほうが無難だ。」
「もう遅い。今朝会ってきた。」
「なんで?いや。言わないでくれ。知りたくもない。いいか。クリストファー気を付けろ。ああいう人の機嫌を損ねると大変だ。ただの巡査に戻ってもいいのなら。」
ヘイスティングズ警察署。
「ウィリアムはレベナムでヤン・コモロフスキって男と仕事をしていた。」
フォイルはミルナーに言いました。
「レベナム?ハンプシャーの?」
サムは嬉しそうに言いました。
「そうだ。今から行くぞ。」
「叔父が牧師をやってます。聖マリア教会で。」
「お父さんと同じで?」
ミルナーはサムに聞きました。
「うん。うちは聖職者が多いの。おじいちゃんは司教。」
サムはミルナーに言いました。
「ミルナー後は頼んだ。」
「わかりました。」
「ウィリアムの下宿の大家がいつからヘイスティングズに住んでいるか調べろ。それから死んだ夫がどこの学校に通っていたかもだ。言いたくなさそうだったよな。」
「確かに。それに時計もよく見もしないで断定していました。どこで買ったかはまだ。」
「マリオンからももう一度話を聞いておけ。フェナーのほうはどうだ。」
「行方不明です。」
「そうか。探し出せ。」
「お帰りはいつですか。」
「明日か明後日。」
サー・ジャイルズ・メッセンジャーの屋敷。
「訃報を聞いてすぐにこちらに伺いました。意見の食い違いはあれど悲しみは同じです。本当に残念です。」
ウィントリンガム中佐はメッセンジャーの屋敷のソファーで足を組み皮肉を込めながら言いました。
夫人もソファに腰かけジャイルズは窓の外を見つめブランデーを飲みました。
「息子と最後に会ったのはいつ?」
メッセンジャー夫人は中佐に尋ねました。
「先週です。ある作戦から外されてしまって沈んでいました。休暇を与えましたからこちらに来たのでは?」
「うちには来ていません。ヘイスティングズに部屋を借りていたことも知らなかった。」
夫人はウィントリンガム中佐に言いました。
「ご子息は部下の中でも抜きんでていました。心からお悔やみ申し上げます。こんなことになるなんて。」
「今朝屋敷に刑事が来た。フォイルって男だ。」
ジャイルズはウィントリンガム中佐に言いました。
「それで?」
「息子の死にはいくつか腑に落ちない点があると言っていた。」
「腑に落ちない?」
「何も言ってなかった。とはいえ犯罪捜査のような印象だった。」
「フォイルはトラブルメーカーで有名なんです。私の聞いたところでは・・・何というか自分の権限がないところにまで首を突っ込む男だと。」
ウィントリンガム中佐は尊大で軽々しい口調で言いました。
「私の目には誠実な人に見えました。」
アン夫人は中佐に言いました。
「一つ言っておこう。ウィントリンガム中佐。私は君の組織を評価していないしチャーチルは私の助言をいれるべきだったと思っている。」
「サー・ジャイルズ。私は・・・。」
「息子は私に逆らって君のもとへ走った。そのことには今でも失望している。しかしもし君が息子の死に関わっていたとしたら君が息子を自殺に追い込んだんだとしたら破滅させてやる。それを覚えておけ。」
「わかりました。覚えておきます。」
「わかったら帰れ。」
どこかの地下のレンガ造りの拘置所。
「立て!」
兵士はドイツ語で命令すると牢屋の中の金髪の男を連れ出しました。
「そっちだ!」
「止まるな!」
「またはじめから聞くぞ。」
男は後ろ手に縛られて背後には浴槽が置かれていました。
「ヤン・コモロフスキ。スパイだろ!」
「俺はフランツ・・・。」
「そんな嘘が通用すると思うな。吐かせてやる。やれ。」
男は浴槽に顔を漬けられました。
「出せ。」
「もう一度。」
「やれ。」
拷問が終わり、二人の兵士は庭に出てたばこに火をつけました。
「我ながら名演技だった。」
「うん。」
二人は英語を話していました。
サムが運転する車の中。
「ミルナーは大丈夫か。」
フォイルはサムに尋ねました。
「あ?」
「朝から晩まで署にいるし元気もない。どうしたんだ。」
「特に何も聞いていません。お伝えするほどのことは。」
「ああ。そうか。」
「もうすぐ着きます。あそこがパーキンじいさんの農場。木になってるリンゴをよく失敬したものですからじいさんに追いかけられたものでした。」
「果樹園のまわりを?」
「いいえ。私を見つけると。どこででもです。ほら教会です。」
サムは古く中規模の教会に着きました。
「サマンサよく来てくれたな。久しぶりだな。元気か?」
「オーブリーおじさん。」
オーブリーはサムのの左右の頬にキスをしました。
「あなたがフォイルさんですね。イアンからお噂はかねがね。」
フォイルとオーブリーは握手をしました。
「スチュアートさん。」
「いや。オーブリーで。ああ。まずは果実酒でも。自家製でね。今年は李酒です。自分で言うのもなんだがおいしい。泊まるでしょ?」
「いや・・・・・・。」
「泊まってってください。部屋もありますし。それにお泊りになる予感がします。きっとこれは神のお導きです。サマンサ。フォイルさんのコートを頼む。ああ。・・・でなんでまたこっちに来たんだ?」
「丘の家ってあるでしょ?」
「そう聞かれる予感がしたんだ。ここから一キロぐらいのとこで前は療養所だったんだけど接収されてね。」
「どこに?」
フォイルがオーブリーに尋ねました。
「軍だか情報部だかがプロパガンダに使ってるって噂ですけど。ああ。そうぞ。そこの軍人さんたちも教会にきてます。でもあれこれ聞かないほうが賢明なのでね。」
オーブリーはフォイルにソファをすすめました。
「丘の家についてほかにないですか。」
「ないかと言われると・・・実はあるんですよ。捜査する必要はないのですけどあたしゃ最近は不安に思うようになってきましてね。」
「丘の家の人たちを?」
サムはオーブリーに言いました。
「全員ドイツのスパイだって噂がある。まあ疑われても無理はない。用もなくうろついている男がひとりいてね。それに妙な出来事もあって。数日前の夜に電話で呼ばれましてね。リチャード夫人っていうお年寄りの家から。」
オーブリーはフォイルにスモモ酒をふるまいました。
「ありがと。」
「はいどうぞ。」
オーブリーはサムにもスモモ酒をあげ自分も酒を手に取りました。
「息子だと名乗って母が死にそうだというのですぐに家を出ました。自転車でね。とはいえ十キロちょっとお離れているし夜で暗いし上り坂だし。」
「自転車で?」
「ああ。ガソリンの配給は限られているからな。ああ。乾杯。うん。結局いたずら電話でね。夫人はもうベッドに入っていたけど健康そのもの。息子さんはアフリカだとか。お茶をいただいてえっちらおっちら帰ってきた。ふふ。味はどう?」
「とっても。」
フォイルの杯から酒は減っていませんでした。
「すごく・・・緑。」
サムはオーブリーに感想を言いました。
「あはは・・・だな。」
「妙な出来事はほかにも?」
フォイルはグラスをテーブルに置きました。
「ええ。次の日。墓に会った花瓶が割られていたんです。埋葬して一日二日の新しい墓でね。」
「誰の?」
「ジェニー・ハーパーの息子のテッドだ。」
「テッド・ハーパー!?」
サムは驚きました。
「ああ。まだ若かった。大工でね。屋根から落ちて首が折れて。」
「嘘。いい子だったのにそんな・・・。かわいそうに。」
「それで花瓶は?」
「破片が墓一面に飛び散っていた。どっちにしてもひどすぎる。」
「どっちの出来事も丘の家と関係があると?」
「ああわかりません。そんな気がするだけで。ああ。私の勘違いかも。でも以前はこんなことはまったくなかった。」
「じゃあ後で行って様子を見に行きます。」
「丘の家へ行くんですか?入れてもらえないと思いますよ。」
サムの運転する車の中。
「どうして警視正はウィリアム・メッシンジャーの自殺の原因が失恋だったとしてそれがここの出来事と関係があるとお思いなんですか?」
サムはフォイルに言いました。
「だからこそ探りに来たんだ。」
丘の家に行くまでに兵士がバリケードを築き検問をしていました。サムは車を停めました。
「こんにちは。」
フォイルは兵士に言いました。
「許可を得ていない人は立ち入り禁止です。」
銃を持った兵士はフォイルに言いました。
「そうか。ここで働いていたかもしれない人の死亡事件の捜査なんだ。」
「誰の事です?」
「ウィリアム・メッシンジャーだ。」
「初めて聞く名前ですね。」
「そうか。ポーランド人のヤン・コモロフスキはどうだ?」
「それも初めて聞く名前です。」
「そうか。上の人と話がしたい。できれば捜査に協力してくれる人がいいね。」
「お名前をどうぞ。」
フォイルは名前を書きました。
「お待ちください。」
兵士は電話しました。
「フォイルだ。」
検問から連絡を受けたのはウィントリンガム中佐でした。
「だから言ったでしょう。」
ヒルダ・ピアースは言いました。
「どうしてここに・・・。メッシンジャー。ウィリアムの親だ。」
「フォイルと会ったの?サー・ジャイルズが漏らすはずない。」
「じゃあなぜだ。」
「言ったでしょ。頭がきれるって。」
「確かめてみようか。直接聞けばいい。」
「まさか通すつもり?」
「だって言うだろ。友は近くに敵はさらに近くに置けって。」
「フォイルがどっちかわからないでしょ。」
「近くに置けば説得もできる。機密だと言ってね。野放しにしたら危険だ。」
「でも内部にはまだスパイがいるのに。」
「サー・ジャイルズが送り込んだ?」
「フォイルがここに来たって伝えるかもしれない。」
「それはまずい。まだ特定できていないしな。フォイルならだれか探り出せるかも。」
「ジェームズ。一度でいいから私のことを聞いて。フォイルを招き入れたらだめ。」
「意見は却下だ。通してくれ。」
ソーンダイクの家。
「ああ。ミルナーさん。」
「ソーンダイクさん。」
「どうぞ。」
「お邪魔します。お出かけですか?」
玄関の床に小さなトランクが置かれていました。
「ええ。スラウに。妹がいてね。週末はあっちに行くんです。今日は何の御用?知ってることはもう話したけど。」
「お聞きしたいことがあります。」
「あらなに?」
「ご主人のことで。」
「でもアーネストは関係ないでしょ?」
「ご主人の母校はどこですか?念のために。」
「ヒルボロー通りのセント・アントニーズよ。ねえミルナーさん。これはいったいどういうことですか。まるで犯罪者みたいな扱いね。」
「犯罪者扱いなんてとんでもない。なぜ嘘をおつきになるのか知りたいだけです。」
「なんですって?」
「ヘイスティングズの住民台帳にご主人アーネスト・ソーンダイクの名前はありませんでした。ずっとここに住んでいるっておっしゃいましたね。でもこの家は地元の弁護士事務所が一年前から借りている物件でしょう。」
「ずっとこの家に住んでるなんて言ってません誤解ですよ。ここヘイスティングズに二十年住んでるって意味よ。」
「どれぐらい留守になさいます?」
「言ったでしょ。二日です。」
「もう一度お話しをお伺いに二日後伺います。」
感想
本格的に諜報部と絡んできましたね。イギリス国民が一番関心を持ち期待しているストーリーといったところでしょうか。そりゃ視聴率も高くなるわけです。そして高視聴率の裏にはやはり白人だけが出演していることもあるんじゃないでしょうか。本来のイギリスらしさというものを視聴者が見たい気持ちもあるんじゃないかなと。ウィントリンガム中佐の高邁で不遜な態度は気になりますね。あの性格や思考パターンでは精神的に正しい判断ができなくなりますので怪しいですねー。そしてウィリアムが死んだというらしいですが、若い青年の墓が荒らされていることも気がかりです。爆死した若い男の遺体は誰だったのか?もしかしたら墓の主の青年だったりして!?冒頭に出てきた中年の密売男は遺体の年齢が違いますから彼ではないでしょう。そしてソーンダイク夫人も嘘をついているということで、彼女は秘密部隊の仲間なのでしょうか。謎だらけの前半でしたね。それはそうと序盤でサムは何かを知っているようでしたね。「どこで聞いた?」フォイルが職場の誰にも言ってないのにさて、サムは誰からフォイルの求職のことを聞いたのでしょうね(笑)それと懐中時計。なぜ古い時計に見せかけて作ったのか?ですね。しかも純金。誰かが金持ちを演じさせるためにアンティーク風の時計を作らせて持たせたのでしょうか。神父が呼び出されたのは、きっと神父の敷地に誰かが用があったからかもしれませんね。