秘密の扉19話
目次
あらすじ 地位など要らぬ
少論派の首領イ・ジョンソンは世子イ・ソン(思悼世子)の盾となり科挙の試験会場の門を開き平民の受験者を入場させました。老論で礼曹判書ミン・ベクサンは世子の説得もあり黙っていました。
王の謁見の間。
尚膳キム・ソンイクは平民が科挙の試験場に乱入したとイ・グム(英祖)に報告しました。
「乱入した?なぜ平民が科場(カジョン、科挙の試験会場)に?」
「民が受験を直訴したためイ・ジョンソンが科場(カジョン)の門を開けたそうです。」
「く・・・科場(カジョン)の門だって?一体何が起こっておる。」
科挙の試験場。
「民意に背く者に国を治める資格はない。よって直訴を聞き入れ平民たちにも受験の機会を等しく与えよう。」
イ・ソン(思悼世子)は平民にも受験資格を与えようと言うと受験者たちが平民を外に出すよう騒ぎました。
「反対です。」
高官の子息が立ち上がりました。
「平民と一緒に受けられません!」
「許してはなりません!」
「平民は外に出ろ!追い出すべきです!」
数人の高官の息子が立ち上がり下の若者たちも口を揃えて騒ぎました。
「みな黙らぬか!騒ぐとはけしからん!」
ミン・ベクサンは怒鳴りました。
「平民を追い出してくだされば黙ります。」
両班の子息はミン・ベクサンに言いました。
「なら我々に頼るのでなくそなたらが自力で追い出せばよい。」
「大監。」
「そなたらは自信がないか?それとも怖いのか?農民や商人に学問で負かされ不合格になるのが怖いか?」
「大監。」
若者はミン・ベクサンの老論の味方をしない発言に戸惑いました。
「座って筆を持て。そなたたちの学識で平民を圧倒してみせよ。」
ミン・ベクサンは若者たちに言いました。高官の子息は席に座りました。チャン・ドンギは兄に合図を送ると東宮内官のチャン・ホンギは弟に頷きました。
王の謁見の間。
「結局、試験を強行したのか!」
英祖は顔を歪めて立ち上がりました。
「左様です。」
「今すぐに御営大将(オヨンデジャン、従二品)ホン・ボンハンを呼ぶのだ!すぐにだ!」
「仰せの通りに。」
尚膳は英祖の命令に従いました。
少論の会議室。
「一体どういうことですか!」
領議政のキム・サンノは机を叩いて怒りました。
「世子が臨席すると聞き怪しんではいましたが・・・。」
兵曹判書のホン・ゲヒは言いました。
「まったく、婿をしっかり監督せぬか!」
キム・サンノはホン・ボンハンに苦言を呈しました。
「直訴した民がいたのです。だから邸下は・・・。」
ホン・ボンハンは言い訳をしました。
「偶然だと?」
ホン・ゲヒは疑いました。
「もちろんだ。」
「国本(クッポン、世子)の異例の臨席と平民の直訴が重なった。そこに罷免されたイ・ジョンソン大監も偶然現れたというのか?」
ホン・ゲヒは知恵を巡らせました。
キム・サンノはホン・ゲヒの見解を聞いてそういえば、と首をかしげました。
「何が言いたいのだ。」
ホン・ボンハンはホン・ゲヒに言いました。
「偶然ではない。東宮殿が仕組んだに違いません。」
ホン・ゲヒは言いました。
「もしも、もしもだぞ。兵判の言うことが事実なら世子を決して見過ごすことはできん。国本(クッポン、世子)を廃世子にせねば!!!」
キム・サンノは言いました。
「廃世子ですと?聞き捨てなりませんな大監!!」
ホン・ボンハンも声を荒げると怒って部屋を出ていきました。
「お、おい・・・。」
キム・サンノは手を上げてホン・ボンハンを呼び止めましたがボンハンは憤慨していました。廊下に出たホン・ボンハンは尚膳キム・ソンイクに「殿下が今すぐ来るようにと」呼ばれました。
チョ・ジェホの執務室。
敦寧府領事(トンニョンブヨンサ、正一品)チョ・ジェホは慌てました。
「イ・ジョンソン大監の昨晩の言葉は、このことだったのか。」
チョ・ジェホは危機感を露わにしました。
「昨晩、何があったのですか?」
南人のチェ・ジェゴンはチョ・ジェホに尋ねました。
昨夜のチョ・ジェホの家。
「夜分に何の御用ですか?」
チョ・ジェホは自分を訪ねてきたイ・ジョンソンに言いました。
「夜が明けたら長い旅に出るつもりだ。」
「隠居されるのですか?」
「ふっふっふっふ。そんなところだ。もう二度と朝廷に戻らぬだろう。」
「しかし大監・・・。」
「愚かだと思うか?平民に科挙の受験を認めようという国本(クッポン、世子)に賛同するのは、間違いだと?」
「では大監は間違っているとお思いなのですか?」
「いいや。そなたが正しい。国本(クッポン、世子)の考えはあまりに型破りだ。無謀と言わざるを得ない。」
「ならどうして国本(クッポン、世子)の味方をするのです?」
「ふっふ。国本(クッポン、世子)はまだお若いではないか。若者は無鉄砲なものだ。若者が失敗をおそれ挑戦すらしないようではいかん。」
「大監・・・。」
「ふう・・・・国本(クッポン、世子)はまだ二十歳を過ぎただけだ。いずれは万民の父となり君主となられるお方だが今は年配者を悩ませる若者なのだ。世の中というものは歳が離れるとわかりあえぬもの。若者の本質を正しく見極め助けるのが年配者の役目だ。私が行ったら今度はそなたの番だ。無謀と思っても国本(クッポン、世子)を助けよ。王者は民を慈しむ者。民を思っての行動なら我らもお支えせねば。それだけではない。もしできるなら国本(クッポン、世子)とともに一度くらいあえて失敗してみるのもよいだろう。邸下を頼んだぞ。旅立とうとする老人の最後の頼みを聞いてくれ。」
チョ・ジェホの執務室。
「昨晩イ・ジョンソン大監から感じたのは本気で死を覚悟した者の気迫だ。一体、これからどうなるのだ?どれほどの波紋を呼ぶのだろうか。」
チョ・ジェホは腕組みしてチェ・ジェゴンに言いました。チェ・ジェゴンは口をぽかんと開けたまま固まっていました。
王の謁見の間。
「すぐに兵士を連れて科場(カジョン)へ迎え。今すぐ科場(カジョン)へ行き科挙をやめさせろ!」
英祖はホン・ボンハンに命じました。
「それでは国本(クッポン、世子)は、国本(クッポン、世子)はどうなるのですか。」
「国の一大事に国本(クッポン、世子)の心配をしている場合か!」
「殿下・・・。」
「お前はこの場で殺されたくなければ、すぐに試験場へ迎え!」
「はっ・・・・はい殿下。」
ホン・ボンハンは真っ青になり英祖の命令に従いました。
科挙の試験会場の外。
イ・ジョンソンは平民の受験者の家族とともに門を守っていました。
「そこをどかぬか!」
兵士を連れてきたホン・ボンハンはイ・ジョンソンに言いました。
「そこをどくのは大監のほうだ。」
イ・ジョンソンも応戦しました。
「恥ずかしくないのですか?一国の政丞(チョンスン)にいたお方が民をあおるとはどういうことだ。」
ホン・ボンハンはイ・ジョンソンに詰め寄りました。
「試験を途中でやめさせないでください。中にいる息子に試験を受けさせてください。」
平民の受験者のチャン・ドンギ母は頼みました。
「黙らぬか!」
「受験するのが罪なんですか?」
「やめさせないでくれ!」
「どうか最後までお願いします。」
「帰ってください!帰ってください!帰ってください。(平民一同)」
平民たちは声を揃えて抗議しました。
「黙らせろ!」
ホン・ボンハンは兵士に命じました。
「きゃ~。」
女性は悲鳴を上げました。
「貴様ら、待て、待たんか!貴様ら!」
イ・ジョンソンは兵士に押し倒されひっくり返りました。
科場(カジョン)。
「兵士を送られるとは、殿下はたいへんお怒りのようです。試験(シウォム、シウォンと聞こえる)の中断を検討すべきでは?」
ミン・ベクサンはイ・ソン(思悼世子)に不安げに言いました。
「それでは何も得られぬ。父王を説得するためには試験の結果が必要だ。」
科場(カジョン)の外。
兵士は平民の家族に殴る蹴るの暴行を加えていました。
ナ・チョルチュとピョン・ジョンインは事態を見守っていました。
「兵士を殴ったとて何も変わらぬ。」
平民を哀れに思うピョン・ジョンインをナ・チョルチュは制止しました。
「しかし・・・。」
「手を出さぬほうが良い。王が民の夢を踏みにじっていると民に分からせるのだ。」
ナ・チョルチュとピョン・ジョンインは悔しそうにその場を後にしました。
科場(カジョン)の中。
「集中しろ!何が起ころうと気を取られるな!はるばる遠くからやってきてそなたたちが何を乗り越えてきたか、それだけを考えよ!このままあきらめてよいのか自らに問え。」
イ・ソン(思悼世子)は大きな声で動揺する平民の受験者を力強く励ましました。平民たちはイ・ソン(思悼世子)の言葉に感銘を受けました。
科場(カジョン)の外。
「大声を出さないでください。騒いだら息子が試験に集中できません。最後まで試験を受けさせてください・・・ああっ・・・・ああっ・・・・。」
チャン・ドンギの母は自分を暴行している兵士の足にしがみついて懇願しました。
都城の街頭。
「科場(カジョン)の前で殿下の兵士が我々民を殴り倒している!」
鳴砂団(ミョンサダン)の仲間は民衆を煽りました。
「我々も助けに行こう!」
人々は科場(カジョン)に向かいました。
ピョン・ジョンインも民衆を煽りました。
科場(カジョン)の外。
「やめるのだー!今すぐやめさせるのだ。」
駆け付けたチェ・ジェゴンは大きな声を出して現れホン・ボンハンにもやめさせるよう袖を引っ張りました。
「大監!どうしてこんな。」
道端に転がっているイ・ジョンソンにチョ・ジェホが駆け寄りました。
「鎮圧を続ける。殿下がお怒りだ。邸下をお連れせねばならん。」
ホン・ボンハンはチェ・ジェゴンに言いました。
「民が押し寄せています。いくら殿下のご命令でも、民に暴力を振るっては深刻な事態になります。試験が終わるまで待つべきです。鎮圧を続ければ民が暴徒と化すやもしれません!!!」
「だが殿下のご意思だ。」
「私が殿下に会います。殿下を説得しますゆえ鎮圧をおやめください大監。テガーム!」
「わ~!」
怒った都城の民たちが走って集まってきました。
「やめよ!やめるのだ。」
ホン・ボンハンは兵士に命じました。
「礼を言う(コマップスミダ)大監。」
チェ・ジェゴンはホン・ボンハンに頭を下げました。
「殿下にご報告しろ。」
王の謁見の場。
「失敗したのか?民の妨害に遭って試験を中断できないだと?」
英祖はチェ・ジェゴンの報告に腹を立てました。
「左様です。」
チェ・ジェゴンが答えると英祖は耳をほじりました。
「わかった。」
科場(カジョン)。
科挙の試験と採点が終わりミン・ベクサンは上位の合格者を発表しました。
「合格者を発表する。第三級。キム・チマン。」
「はい!」
両班の息子が立ち上がりました。
「ソ・ウンリョン。」
「はい!」
両班の息子が立ち上がりました。
「ホン・ドクスル。」
「はい!」
平民の若者が立ち上がりました。両班の若者は動揺しました。
「チャン・チルサン。」
「はい!」
平民の若者が立ち上がりました。
「第二級。キム・ドヒョン。」
「はい。」
騒ぎを主導した高官の息子が立ち上がり喜びました。
「ミン・ヒョンウ、ハン・ピルチュン。」
「はい!」
「特級。ハン・ジナ」
両班の若者が立ち上がりました。
「イ・ダルソン(貸本屋の主人)。」
「・・・・・・。何と。私が?はい!」
ソ・ジダムは名前を聞いて驚きました。
「最後は主席だ。主席は、チャン・ドンギ(張同期)。」
「・・・・・・。」
「あっ。」
チャン・ホンギは弟の名を聞いて口を押えました。チェ尚宮も思わず表情を変えました。
「はい。」
チャン・ドンギは笑顔を見せました。
イ・ソン(思悼世子)は目を潤ませました。
科場(カジョン)の外。
門が開き官帽をかぶり立派な緑の服を着たチャン・ドンギが笑顔で出てきました。
「ドンギや。どうなったの?」
「主席だよ。母さん。私が主席だったんだよ母さん。」
チャン・ドンギは母に微笑みました。
「アイゴー。アイゴー。私の息子が主席だなんて。」
チャン・ドンギの母は泣いて息子を抱きしめました。
鳴砂団(ミョンサダン)の貸本屋の主人イ・ダルソンも泣きそうな顔をしてナ・チョルチュのもとに駆け寄り頭を下げました。
「よくやった。」
ナ・チョルチュはイ・ダルソンを労いました。
「似合ってるぞ。おめでとう。」
ピョン・ジョンインも言いました。
世子たちが科場(カジョン)から出てきました。イ・ジョンソンとイ・ジョンソンを脇で支えるチョ・ジェホは世子に頭を下げました。平民たちは地面にひれ伏しました。
「私もせいで大監に苦労をかけてしまった。」
イ・ソン(思悼世子)は泣きそうな顔でイ・ジョンソンに言いました。
「最後に少しでもお役に立ててうれしいです。早く王宮へお戻りください。私めが殿下に拝謁します。」
イ・ジョンソンは首を横に振り言いました。
「いけません大監。これからは、私が解決すべきです。」
イ・ソン(思悼世子)はイ・ジョンソンに言いました。チョ・ジェホとイ・ジョンソンは顔を見合わせました。ナ・チョルチュとピョン・ジョンインとイ・ダルソンは世子に頭を下げました。
夜の老論の会議室。
「ここで待つのだ。」
ミン・ベクサンは科挙に合格した老論の子息たちに言いました。紫の官服に着替えたキム・ドヒョンは意地悪な表情を浮かべました。
王の謁見の間。
「すぐに白紙に戻せ。」
イ・グム(英祖)はイ・ソン(思悼世子)に言いました。
「できません。」
「イ・ジョンソンだ!騒動を起こしたのはお前ではなくイ・ジョンソンだ。イ・ジョンソンが門を開けたためお前はやむなく承諾した。」
「違います。父上。」
「余計なことを言うな!」
「どうか、答案をご覧ください。農民に等しく土地を分け与えれば国は豊かになる。均役法(キュニョクポ)で不足した財源は塩を作って補充する。国の問題を解決する名案ばかりです。学識も申し分ありません。父上も一度答案をご覧になれば・・・。彼らがこの国に必要な人材と・・・。」
イ・ソン(思悼世子)は答案を父に差し出しました。
「尚膳。燃やせ。」
イ・グム(英祖)は平民の答案を奪うと尚膳に押し付けました。
「父上!」
「すぐに燃やすのだ。」
「どうして!どうしてご覧になろうとしないのですか!」
イ・ソン(思悼世子)は唇を震わせて父に抗議しました。
「士農工商(サノンコンサン)。身分の秩序が国を支えている。たった数人の平民が合格したくらいで覆せるものではない。」
「なぜそこまで頑なに隔てようとされるのですか。」
「身分の秩序が乱れればその次は王室が滅び、王室が滅びればこの国朝鮮が滅びるのだ。」
「飛躍しすぎではありませんか?」
「どこが飛躍だというのだ。君主としては当然の心配だ。さあ。これが最後の機会だ。イ・ジョンソンを処罰し、平民に与えた官服も、お前の手で破るのだ。」
「できません。」
「できないだと?」
「お断りします。」
イ・ソン(思悼世子)は目に涙をためました。
「ならば私は、息子を失うことになる。そしてこの国は国本(クッポン、世子)を失うだろう。どうしても譲らぬというなら私がお前から世子の座を奪うしかない。そこまで言われても従わぬつもりか?」
イ・グム(英祖)は挑発するように世子を見つめました。
「それはできません。私に忠誠を尽くした臣下を見捨てて、この手で民の望みを断ち切らねばならぬなら、地位などいりません。」
イ・ソン(思悼世子)はまっすぐイ・グム(英祖)を見つめて涙を流しました。
「ふん。」
イ・グム(英祖)は視線をそらし頭を押さえました。
イ・ソン(思悼世子)が部屋を出ると尚膳は答案を読みました。
王の謁見の間の前。
「なぜあんなことを申し上げたのです!どうして!」
チェ・ジェゴンはイ・ソン(思悼世子)に言いましたがイ・ソン(思悼世子)は無言で去りました。
王の謁見の間。
「廃世子などなりません!」
チェ・ジェゴンは床にひれ伏して王に上奏しました。
「地位など要らぬと要ったのは国本(クッポン、世子)だ。」
「私めが邸下を説き伏せてみせます。少しお待ちを、時間をください。」
「貴様が世子を説得するだと?」
「そうでございます。」
「もし説得に失敗したら、お前はどうするのだ。」
「・・・・私目のこの命、殿下に捧げます。」
ムン昭媛(ソウォン)の部屋。
「あっはっはっは。あ~はっはっはっは。地位などいらぬと?本当に世子が言ったのか?」
ムン昭媛(ソウォン)はキム・サンノから話を聞いて高笑いました。
「そうでございます。いくら不届きな息子でも見捨てるのは簡単ではありません。殿下もさぞかし胸を痛めておられるでしょう。媽媽に天が味方しております。殿下のお心を掴んでしっかり離さぬことです。媽媽が中宮の主(王妃)となられる日が一層早まりましょう。」
恵慶(ヘギョン)宮ホン氏の部屋。
嬪宮ホン氏はチェ尚宮から報告を受けました。
「世継ぎの地位を失うだと?邸下は何をお考えなの!?邸下はいまどこにいるの?」
イ・サンの部屋。
「民の楽を楽しむ者は民もその楽を楽しみ民の憂いを憂う者は民もその憂いを憂う。王たらざる者は有らざるなり・・・。」
イ・ソン(思悼世子)の長男イ・サンは本を朗読していました。
「上手に読めたな。構わぬ。そのままでよい。」
イ・ソン(思悼世子)が部屋に入り優しくイ・サンに言うとイ・サンの隣に座りました。
「もう孟子を読めるのか?お前にはまだ少し、早いのに。好きな言葉は何だ?」
イ・ソン(思悼世子)が言うとイ・サンは本の行を指さしました。
「民の楽を楽しむ者は民もその楽を楽しみ・・・意味はわかるか?」
「民も君主の楽しむ姿を見て楽しむという意味です。」
「ふふふふ。読書が上達したな。」
「では父上教えてください。民の一番の楽しみは何ですか?私は民と共に何を楽しむべきですか?」
「民の楽しみか。人として、人間らしい扱いを受けることだ。楽しみはそこから始まる。」
イ・ソン(思悼世子)はイ・サンの頭をなでました。嬪宮ホン氏は扉の外で二人の話をチェ尚宮と立ち聞きしていました。
「邸下のお気持ちを変えられるかしら。」
「さあ。一緒に読もう。」
「ええ。」
義禁府(ウィグムブ)の牢屋。
「おやめください。」
チョ・ジェホは官服を脱いで罪人の身なりをしたイ・ジョンソンに言いました。
「開けろ!開けろ。」
「大監。」
「邸下に伝えてくれ。私を助けるために無謀な真似をなさるなら、ここですぐ自害するつもりだと。」
イ・ジョンソンは兵士に扉を開けさせ牢屋に入りあぐらをかきました。
王の謁見の間。
「イ・ジョンソンが自ら牢屋に入ったというのか?」
英祖は尚膳キム・ソンイクからの報告を受けました。
「左様でございます。」
「ソンの奴は何者なのか?イ・ジョンソン、チェ・ジェゴン・・・頼まれてもいないのに世子を救おうと、命すら賭けると言った。ミン・ベクサンのような生粋の老論までもが世子とかかわると判断を誤り迷走する。世子の奴には得体のしれぬ政治力があるのかもしれん。その正体は何だ?」
イ・グム(英祖)は王座から立ち上がり階段を降りました。
「世子の奴が作る朝鮮とはどんな国であろう。余には、見えぬ。この手で三十年以上血を汗で作ってきた朝鮮はまともに受け継がれるのだろうか。」
「ご心配なのですか。ではなぜチェ・ジェゴンに説得をお命じになられたのですか。」
「私の息子だからだ。私の長子だからだ。しかしあいつが最後まで考えを変えぬというなら国のために息子を捨てねばならん。だが、今ではない。廃位するのは危険だ。兄上にお子がなく私が後継者になった時、おぞましいことが起こった。お前も知っているだろう。本心でなくても構わぬ。平民の試験を白紙に戻すというならもうしばらく国本(クッポン、世子)を傍においてやる。代わりの考えができるまで、形だけでも国本(クッポン、世子)の座に置いてやる。世継ぎの座をめぐる争いが起きるのを防ぐためにな・・・。」
真夜中の秘密の部屋。
イ・ソン(思悼世子)はイ・ジョンソンからの手紙を読んでいました。
「殿下のお考えは残念ですが予想していた通りです。理解されないのははじめからわかっておりました。しかし我々は驚くべき成果を上げました。平民が四人合格し身分は不平等でも実力は平等なのだと示してくれました。ここから再出発なさいませ。そのために私めをお捨てください。私情にとらわれすべてを失うつもりですか。ならば今までの努力が乱心ものの奇行に終わります。それだけは、それだけは忘れないでください。」
イ・ソン(思悼世子)は頭を押さえて考えていました。チェ・ジェゴンが部屋に入ってきました。
「邸下。」
「説得に応じるつもりはない。帰ってくれ。」
「情けないお姿ですね。もし私たちが君臣の間柄でなく邸下が私の弟なら、殴り飛ばします。ここにいてどうして恥と思わずにいられましょう。この書庫は東宮殿の者たちが、邸下のためを思って作り上げた場所です。おそらくみな命がけだったでしょう。朝鮮の聖なる君主におなりになる助けと思えば命を懸ける価値があると思っていたはずです。邸下への命がけの忠誠も無駄になりました。」
「やめてくれ・・・。」
「世継ぎの座を何と思ってるんだ!どんなお遊びのお道具ですか?」
チェ・ジェゴンは敬語を使わずにイ・ソン(思悼世子)に怒鳴りました。
「私に臣下の命を捨てて民の望みを絶てと言うのか!」
イ・ソン(思悼世子)は立ち上がりました。
「邸下は罪悪感から逃れたいのですね。」
「都承旨!」
「平民出身の官吏はどうせ無事では済まされぬではありませぬか。私のような官服を着続けられるとお思いですか。殿下と朝鮮の朝臣は容赦なく排除するでしょう。邸下が地位を捨てたところで結局何も守れないのです。守れるのはひとつだけ。邸下のちっぽけな自尊心です。人材を大切にし身分に関係なく人々を公平に思う気持ちはわかります。よくわかります。しかし私でさえも平民の官僚への登用はまだ時期ではないと思います。殿下と保守的な老論が反対するのは当然です。直ちにお考えを改めよく考えるべきです。議論したければ私めがいくらでもお相手いたします。その次は、老論の朝臣と議論するのです。今後も臣下と戦い力を養えばよいではありませぬか。そしていつか君主となり望みの治世を行うこと。それこそが王者が、未来の王者が自尊心を守る方法です。将来のために、折れるべきです。屈辱にまみれても、今は生き残るのです。邸下。」
チェ・ジェゴンの言葉にイ・ソン(思悼世子)は腰が抜けたように椅子に座ると泣き崩れました。チャン・ホンギは複雑な気持ちで聴いていました。
王宮の一角。
「兄貴!」
濃い紫の朝服を着たチャン・ドンギが嬉しそうに庭に出てきました。
「こいつめ。官服が庭うな。」
東宮内官のチャン・ホンギは立派になった弟に誇らしく触れました。
「ほんとに?」
「着慣れた服のように似合うよ。だけどな、トンギや。言いにくいんだけどお前に頼みがある。」
「言いにくい、頼み?」
王の謁見の間。
「イ・ジョンソンを流刑にします。平民に与えた官服も私の手で回収し合格を取り消します。」
イ・ソン(思悼世子)は英祖に言いました。
「理由は何だ。国本(クッポン、世子)の地位は要らぬといったくせにたった一晩で態度を変えた理由は何だ。権力が惜しくなったのか。愚か者め。愚か者。王にもらった権力なら千年万年安泰だと思っていたのか。国本(クッポン、世子)の座は要らぬ、また同じことを言ったら次は許さん。権力というものは必死に守ってもいつ奪われるとは限らぬ危ういものだ。」
「命心(ミョンシン)に銘じます。父上。」
イ・ソン(思悼世子)は部屋を出ました。
義禁府(ウィグムブ)。
イ・ソン(思悼世子)はイ・ジョンソンに会いに現れました。
「邸下。」
イ・ジョンソンは立ち上がりました。
「開けよ。大監。」
「はい。殿下。」
「私は、大監を。忠義を尽くした大監を、守ってやれそうにない。」
「よくぞご決断くださいました。私はどうなっても構いません。毒薬を賜っても喜んで飲みますゆえ殿下のご決定に従い私を処罰すればよいのです。」
イ・ジョンソンは世子の手を握りました。
「ご壮健であられますのだぞ。世継ぎの地位を守りこの国の二十二代君主におなりください。聖君におなりください。」
イ・ジョンソンはイ・ソン(思悼世子)に拝礼し別れを告げました。
王宮の庭。
平民の役人たちが服を脱いで世子を待っていました。
「私の官服は、邸下にお返しいたします。この件で邸下が地位を追われることは望みません。」
チャン・ドンギは言いました。
世子の私室。
イ・ソン(思悼世子)はチャン・ドンギら平民の役人を部屋に呼びました。四人の平民たちは座布団の上に正座して世子の話を聴きました。
「すまない。心から。新しい道を切り開くと約束したが、結局、無駄な希望を抱かせただけで終わってしまった。私の罪は重い。」
「謝らないでください殿下。堂々と試験を受けられました。それだけで励みになりました。」
チャン・ドンギは世子に言いました。
「官服は、いつかまた頂に来ます。邸下が君主になられる日を待っています。その日が来たら駆け付けますゆえ、また私にお与えください。」
イ・ダルソンは言いました。
「そうです。邸下が即位される日を心待ちにしております。ですから私たちのことを覚えていてください。その時また登用してくだされば、邸下に生涯忠心をお捧げいたします。」
チャン・ドンギは言いました。
「約束する。私はどんな困難も乗り越え、かならずこの国の君主になってみせる。君主になった時、必ずやそなたたちを呼び戻す。どうか、その日まで、希望を失わないでくれ。」
イ・ソン(思悼世子)は四人の平民に言いました。平民たちは世子に頭を下げると官服を置いて日常に戻りました。
感想
両班は王族の前であぐらをかいてもいいけど、平民以下は罪人座り(正座)をしなければならないのですね。確か日本の時代劇では安土桃山時代あたりの武家の棟梁と家臣の関係で家臣はあぐらをかいて、農民はみんな正座で今でも正座させられますよね。日本の絵画でも正座している大臣なんて見たことないですね。正座している武士はいても。やっぱり正座って身分制度が関係しているのですね、日本でも。正座が正しい座り方、なんて思っている人々はたいてい身分の低い出自かもしれませんねw
また世子の政治は失敗に終わりイ・ジョンソンが流刑になりました。イ・ジョンソンはイ・ソン(思悼世子)が君主になれば復帰できることを期待はしてないでしょうが、イ・ジョンソンの家族はやはり奴婢になって両班の奴隷となってしまったと考えたほうが当然でしょうか?時折韓国ドラマの時代劇で両班が家族のことなんか考えてないみたいに政治的賭けに打って出ますよね。しかもドラマだからじゃなくて歴史にそうしたと記録されているのですから驚きです。
今回は邪魔が入ったせいで世子の失政となりましたが民衆に希望を与えるという功績を残し、世子の合理的な考えがイ・グム(英祖)には理解できないといった印象でしたね。あんなにずるがしこい英祖なら理解できてもおかしくない知能を持っているはずなのに。ミン・ベクサンも世子に説得されちゃって。キム・サンノとチョ・ジホは無能で頭の悪いマヌケの役柄のようですね。あと6話しかありませんが、やっぱりイ・ソン様は英祖にことごとく邪魔されてイ・サンに将来を託して死んでいくのでしょうか。今日のチェ・ジェゴンは見せ場を披露し株を上げましたね。感動的な言葉で主人公を説得するチェ・ジェゴン、ハリウッドドラマの演出方法でしたね。次の政治こそは世子は失敗から学んで外さないように期待したいと思います。
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