海神(ヘシン)最終回の感想
韓国ドラマ「海神(ヘシン)」の最終回を見終えましたので感想を書きたいと思います。あらすじは思いっきりネタバレですので見たくない人は見ないでくださいね!
海神(ヘシン)最終回のあらすじネタバレ感想!
張保皐(チャン・ボゴ)は弓福(クンボク)といい歴史上で実在した人物です。ヨンムンもヨムジャン(閻長)といい歴史上に実在した人物です。チャミ夫人(ジャミ夫人)やチョンファお嬢様は架空の人物です。そしてチョン・ヨンというチャン・ボゴの弟分は発音からおそらく鄭年(チョン・ヨン)という実在した人物ではないかと思います。チャン・ボゴは東シナ海までの海を平定し最後は反乱を起こしてヨムジャンに暗殺されたと歴史に記されています。
「海神(ヘシン)」の最終回ではキム・ヤン(金陽)という王族がチャン・ボゴを討ちました。その際にヨムジャンという刺客を送ってチャン・ボゴの暗殺を謀りました。このときヨムジャンは本気で戦争をやめさせるためにチャン・ボゴに降伏を求めました。ヨムジャンは官職を得ても虚しいとチャン・ボゴに漏らします。チャン・ボゴはヨムジャンに「一つ妥協がさらなる妥協を生む(中略)お前は上職の命令を拒んだことがあるか?お前は与えられた運命に妥協してきただけだ。お前に勝利は訪れない。俺は決して引き下がらない」と言いました。
チャン・ボゴはヨムジャンに自分の想いを打ち明けたのに、ヨムジャンは言葉の意味を理解できずにブスッと短剣でチャン・ボゴの腹を刺して殺して逃げました。ヨムジャンはキム・ヤンのところに戻りチャン・ボゴを暗殺したので戦争しなくていいと言いましたがキム・ヤンはヨムジャンを捕らえて清海鎮の人々を殺してしまいました。チャン・ボゴの先生と弟も皆殺しになりました。
ヨムジャンは自分の忠実な部下ペッキョンに助けられました。ヨムジャンは金陽に嘘をつかれたことがわかってはじめてチャン・ボゴの妥協云々の言葉の意味がわかりました。
チョンファはチャン・ボゴの妻と脱出しましたがチェリョンが殺されてしまいました。チェリョンは赤ん坊をチョンファに託します。ヨムジャンとペッキョンはチェリョンがやられてから手裏剣でチョンファお嬢様を助けました(これはひどい)。
チョンファはヨムジャンとペッキョンに守られ何とか清海鎮を脱出することができました。ヨムジャンとペッキョンはこのときキム・ヤンの兵士に殺されてしまいます。
結局キム・ヤンの勝利となりチョンファはイ・マッポンとスンジョン父子とともに唐に渡りました。
こんな感じのあらすじでキム・ヤンの天下となり彼の娘が皇帝の妃となり権勢を振るったようです。この金陽という男はキム・チュンチュの子孫です。
その前に、最終回のひとつ前あたりの回ではチャン・ボゴがチョンファお嬢様が孤独になるなら結婚すればよかったと後悔の念を伝えていましたね。結局のところチャン・ボゴも最も愛した女性ではなく義理で愛した女性と結婚して妥協していましたが・・・。恩人の妻を娶ることは妥協というより義理を果たすとも言い換えることができますね。
ヨムジャンの人生は強さを求めて剣を手に取った後はふらふらと流されて妥協していたとチャン・ボゴは最後に指摘しました。
私が思うにヨムジャン(ヨンムン)は決して妥協などしていなかったと思います。確かに現代的な善悪の判断能力は全然ありませんけど、ヨムジャンには人望と運がなかっただけで、生き残るためには妥協はしていなかったように思います。(自分なりに道を開きたかったしヨムジャンはもがいていたけれども)明確な意思を持てないから虚しさを感じていました。そりゃヨムジャンだってこれだという信念を持ちたかったと思いますよ。私だってそれは同じです。ヨムジャンは確かにダークサイドな道を行ってましたけど、あの時代に奴隷の男が海賊になる以外にほかの生き方があり得たのでしょうか。ヨムジャンには今風の正義などというものはなく、信念というものもないかわりにチョンファと武術に対してだけは妥協せずにずっと見守っていました。韓ドラではヒロインを見守るいい男というのは定番の演出ですが。要するにヨムジャンのような身分の低い男がまっとうに生きることは当時としてはかなり難しかったのではないかと思います。高麗時代あたりまでは文字も読めなくても将軍になれましたから、ヨムジャンもそういった部類の武人という印象があります。そしてラストもやっぱりヨムジャンは頭が悪いのかチャン・ボゴが憎かったのか物陰に潜んで見ていながらチョンファお嬢様だけを助けましたよね。ヨムジャンのああいう気持ちは理解できませんけどもしも憎い人の妻なり夫なりが窮地に陥って隣に好きな人がいたらみなさんどうしますか(笑)
だからといってチャン・ボゴの妥協の指摘も間違いじゃなくて正しいです。ヨムジャンには正しく生きる覚悟がなかったのです。死ぬ覚悟というものは比較的簡単ですから弱い人間にもできます。しかし(信念があって)正しく生きる覚悟というものは弱い心ではなかなかできないものです。低い身分ですともがき苦しむのが日常ですからこんな自分はいつ死んでもいいやと弱気になりますよね。高い身分は利権を守るために信念なんてどうでもよくなります。自分の心に何かこうだと信じて行動できるような思想をヨムジャンが見いだせたかと言うと何が正しいのかということがヨムジャンには明確にわかりませんからキム・ヤンの言葉に流されて大切なお嬢様のお兄様を殺すという罪を犯し涙を流していましたね。
これって今の日本人にも同じことがいえますよね。リーダー格がいじめはじめたらその友達(子分)が同じようにいじめる。さらにその仲間がいじめる・・・。つまりヨムジャンというのはわかりやすく言えばいじめっこの子分なんですよ。やれと命令されたらやるタイプの。だからヨムジャンは金陽を理解することはできません。私にはそういうことはやったことがないのでどういう気持ちかわかりませんけど。一方でチャン・ボゴはいじめられっこのヒーローです。ドラマでの違いはまさにそれです。
ドラマではチャン・ボゴはヨムジャンの苦しみを最後まで理性でしか理解していなかったように思います!どれだけヨムジャンが嫉妬に狂っていたかチャン・ボゴにその苦しい気持ちがわかるのでしょうかね。私はわからないと思います(笑)
ヨムジャンは戦争を避けるためという大義名分を見出しましたが、それは浅はかなものでした。ヨムジャンの教養のなさというか、人を見る目がないのはやはり自分の中でよい悪いの区別をしっかり分けてこなかった、そうすることすらわからなかったと思ってしまいます。でもヨムジャンの気持ちもよくわかります。そりゃ身分が低い状態では行く当てもないし、教養がなければ自分の生き方とか人生とか考えることすら難しいでしょう。それにチャン・ボゴをいちずに思い続けているチョンファだからこそヨムジャンはお嬢様が好きなのであって、あっさりとあきらめるような女は好みのタイプではなかった(という設定)でしょう。才女であるお嬢さまを口説けるような言葉をヨムジャンは持ち合わせてはいませんしやっぱり言葉というものはほんと大事ですね。ヨムジャンは自分というものを言葉でしっかり認識して意識できていなかったと感じました。
チャン・ボゴのラストのセリフでちょっと変だなと思うところもありました。負けることはわかってるのに己の信念のために戦うと。そういう気持ちはわからなくもありませんが、そのために妻や子供を犠牲にすることが新羅流、キム・ユシンの最期を彷彿とさせます!これが新羅の思想だと理解できなければ「あれ?これはおかしいぞ!」なんて思うわけですよ。要するに得た身分、既得権益を捨てたくないから散ったほうがマシだという死に方はジャミ夫人も同じですよね。それって新羅特有か何かの考え方なんだと思いますよ。チャン・ボゴはドラマで信念のためとか言ってましたけど、果たしてそれはどうなんでしょうね。ここは意見の分かれるところでしょう。しかしチャン・ボゴの言っていた妥協は、妥協して生き残れるほど生易しいものではありません。降伏したってチャン・ボゴとその家族や有力な武将などは殺されてしまうでしょう。チャン・ボゴの言っていた言葉の意味はこれだと思いますね。私たちの妥協はすぐには死にませんけども、チャン・ボゴが生きていた時代の妥協は死に直結しているということなのでしょう。
ヨムジャンは戦争を避けるためという大義名分を見出しましたが、それは浅はかなものでした。ヨムジャンの教養のなさというか、人を見る目がないのはやはり自分の中でよい悪いの区別をしっかり分けてこなかった、そうすることすらわからなかったと思ってしまいます。でもヨムジャンの気持ちもよくわかります。そりゃ身分が低い状態では行く当てもないし、教養がなければ自分の生き方とか人生とか考えることすら難しいでしょう。それにチャン・ボゴをいちずに思い続けているチョンファだからこそヨムジャンはお嬢様が好きなのであって、あっさりとあきらめるような女は好みのタイプではなかった(という設定)でしょう。才女であるお嬢さまを口説けるような言葉をヨムジャンは持ち合わせてはいませんしやっぱり言葉というものはほんと大事ですね。ヨムジャンは自分というものを言葉でしっかり認識して意識できていなかったと感じました。
チャン・ボゴのラストのセリフでちょっと変だなと思うところもありました。負けることはわかってるのに己の信念のために戦うと。そういう気持ちはわからなくもありませんが、そのために妻や子供を犠牲にすることが新羅流、キム・ユシンの最期を彷彿とさせます!これが新羅の思想だと理解できなければ「あれ?これはおかしいぞ!」なんて思うわけですよ。要するに得た身分、既得権益を捨てたくないから散ったほうがマシだという死に方はジャミ夫人も同じですよね。それって新羅特有か何かの考え方なんだと思いますよ。チャン・ボゴはドラマで信念のためとか言ってましたけど、果たしてそれはどうなんでしょうね。ここは意見の分かれるところでしょう。しかしチャン・ボゴの言っていた妥協は、妥協して生き残れるほど生易しいものではありません。降伏したってチャン・ボゴとその家族や有力な武将などは殺されてしまうでしょう。チャン・ボゴの言っていた言葉の意味はこれだと思いますね。私たちの妥協はすぐには死にませんけども、チャン・ボゴが生きていた時代の妥協は死に直結しているということなのでしょう。
チャン・ボゴとヨンムンはそれぞれの信念のため、愛する人のために戦って死にました。
最後にバタバタと主人公たちが殺されていくのでほんと悲しい最終回でした(気持ちは揺れましたが涙は出ませんでした)。
そういえば脚本を書いたチョン・ジノクは「朱蒙(チュモン)」「商道(サンド)」「風の国」の脚本も手掛けています。チョン・ジノクは1978年生まれですから「海神(ヘシン)」を執筆したときは何と26歳〜27歳ですよ!!!いやぁこの若さでヘシンの脚本を書けるんですね!しかも科学科卒業ですよ。文学じゃないですよ。すごいですね!
当時若かったチャミ夫人も衣装に毎回お金がかかってます。チェ・シラは気が強い役はほんとうに強烈です。今回はソン・イルグクを見るとチュモンのタフなイメージがかぶってしまい、ヨムジャンが気の小さな男(心が眠っている)であるのに不思議とタフに見えました。お嬢様を演じたスエも悪女のスエの演技を見てからでは感情移入がどうもしづらい(苦笑)俳優さんはドラマの作品のイメージに大きく左右されますね。はじめてヘシンを見たときはチェリョン(「逆転の嬢王」「ヨンパリ」のチェ・ジョンアン)のことがなんだか気にくわなくて。でも二度目に見るとチェリョンはいい子だなぁなんて思ったりして。おじさん役のイ・ヒドも悪役のイ・ヒドを見てからではヘシンのイ・ヒドは印象が軽すぎるなと思ったり。キム・ガプスはいつ見てもキム・ガプスですね(笑)イ・ウォンジョンが武人として出てたとはすっかり忘れてました。パク・ヨンギュもヘシンの脇役なら大丈夫!でも主役級だとうっとおしく思っちゃいます。そして「春のワルツ」の主人公を演じていたソ・ドヨンもひそかにちょい役で出てるんですよね。ソ・ドヨンは髪が短いとその辺のおじさんみたいに見えます。長髪のほうが似合ってる。
そういえば脚本を書いたチョン・ジノクは「朱蒙(チュモン)」「商道(サンド)」「風の国」の脚本も手掛けています。チョン・ジノクは1978年生まれですから「海神(ヘシン)」を執筆したときは何と26歳〜27歳ですよ!!!いやぁこの若さでヘシンの脚本を書けるんですね!しかも科学科卒業ですよ。文学じゃないですよ。すごいですね!
当時若かったチャミ夫人も衣装に毎回お金がかかってます。チェ・シラは気が強い役はほんとうに強烈です。今回はソン・イルグクを見るとチュモンのタフなイメージがかぶってしまい、ヨムジャンが気の小さな男(心が眠っている)であるのに不思議とタフに見えました。お嬢様を演じたスエも悪女のスエの演技を見てからでは感情移入がどうもしづらい(苦笑)俳優さんはドラマの作品のイメージに大きく左右されますね。はじめてヘシンを見たときはチェリョン(「逆転の嬢王」「ヨンパリ」のチェ・ジョンアン)のことがなんだか気にくわなくて。でも二度目に見るとチェリョンはいい子だなぁなんて思ったりして。おじさん役のイ・ヒドも悪役のイ・ヒドを見てからではヘシンのイ・ヒドは印象が軽すぎるなと思ったり。キム・ガプスはいつ見てもキム・ガプスですね(笑)イ・ウォンジョンが武人として出てたとはすっかり忘れてました。パク・ヨンギュもヘシンの脇役なら大丈夫!でも主役級だとうっとおしく思っちゃいます。そして「春のワルツ」の主人公を演じていたソ・ドヨンもひそかにちょい役で出てるんですよね。ソ・ドヨンは髪が短いとその辺のおじさんみたいに見えます。長髪のほうが似合ってる。